.56
揺るがす、そんな表現が一番いいのだろう。それでも大気を揺るがす轟音は遥か遠くのものだった。見えるけれど手の届かないくらいずっと向こう。だからその音よりも彼が前のめりに倒れた音の方がずっと近かった。
彼はあれを弾丸だといったが、とんでもない。あれほどの質量のものをあれだけの速度で飛ばしたのだ。それは砲弾と例えるのも生ぬるい。
驚いたことに地面が焦げ付いていた。それどころか所々融けている。アスファルトが焦げた匂いというのは無機物と有機物の中間のような感じで、吐き気がするような匂いだった。その焦げた跡は曲がることなく一直線に伸び、濛々と砂煙を上げている。もちろんその道の上には何もない。あの気持ちの悪い異形の怪物も肉片すら残っていない。アスファルトを融かすほどの熱量なのだ。いくらあれが再生しようと無事なはずがない。
ふと、さっき彼が言ったことが気になった。さっきからこうして高速道路のど真ん中にいるというのに車が一台も通らないのだ。たしかに向こうの車線と比較したらこちらの車線の交通量は少ないと言える。だが全く通らないというのはおかしい。お陰で証拠もたいして残らないだろうし、私も彼も車に轢かれることはないのだが、それでもこの違和感はぬぐえなかった。
地面にうつ伏せになって倒れた彼に肩を貸し、半ば引きずる形で立ち上がった。彼は相当深く疲労しているのか、呼びかけても全然目を醒ます気配がない。これはどこかの非常階段まではこのまま引きずっていくことになりそうだ。彼の右腕を自分の首にかけるようにして担ぎ上げ、私は不自然に車の通りのないぽっかりと空いた道路を引き返した。
―――その時、聞き覚えのある嫌な音がした。
隣の車線では大きなエンジン音を立てていくつもの車が走っているというのに、どうしてこんな聞き逃してしまいそうな音が聞こえるのだろう。忘れたくても忘れられない、トラウマになりそうな異形の肉の粘着音が耳にこびりつくように離れない。
気のせいだと思った。
気のせいだと思いたかった。
それでももう逃げられない。
だって見てしまったんだから―――。
.57
「腕……?」
それは奴の腕だった。肘辺りから下、60cmくらいの長さ。道路の左端、少し踏み外せばこの高架の下に落ちていく道路の縁、路面よりも2m半ほど高いところにそれはいた。あの何もかも蒸発させるような砲弾からどうして無事でいられよう。たとえ小さな肉片だって残らず蒸発しただろうに。だがあれが残っている理由は考えられなくもない。例えば奴が衝突の前に事前に腕を切り落として高架の縁にへばり付くようにして避けたりとか、衝突の寸前に腕を飛ばしたのかもしれない。
しばらく思考をめぐらせていたが、そんなのはどちらでもいいのだ。どんなに考えたって奴はここにいる。
あれは指の向きから察するに右腕だ。もっとも腕かどうかの判断は既に難しくなっている。なぜならその肉片は地面に接している部分からはムカデの足のようにいくつものヒダのような肉が出てきて、腕自体もボコボコと形を変えている。
厄介なのはそれが少しずつ大きくなっているということだ。
「まだ再生するのか……」
あれには勝てない。おそらくあれの本体はDUDSとして強制的に覚醒させられたのだろう。その結果まだ形が決まりきっていないうちにこうして外に出て来てしまったのだ。強力なホールの中ではよくあることだ。もっともそこまで強力なホール自体が稀なのだが。
奴もあと数日もすれば落ち着いてくるだろうが、それまでは半端なく強い。あれは奴の中での葛藤なのだ。プラスとマイナスがぶつかり合うようにお互いがお互いを刺激仕合いエネルギーを増大させる。正に世界に呑まれるか踏みとどまるかの瀬戸際。そのあふれ出しそうなエネルギーの放出がああいう形で現れている。だからあれは普通のDUDSと比にならないくらいの再生能力を持っているし、知性だってほとんどない。いや、人格そのものが成立してない。
足がすくんだ。私は恐いなんて思っていない。思っていないのだが、体は私の意志とは関係なく、がくがくとアゴの筋肉が電流を流されたように勝手に動き始め、風船の口から空気が抜けていくように膝から力が抜けていく。
ふと、右肩にかかる重さに気付いた。萎んでいく体に力が戻る。恐れている暇なんてない。振えている暇なんてない。
私はゆっくりと彼をまだ仄かに砲弾の余熱が残る地面に下ろした。もう彼は動けないだろう。今度は私が守る番だ。それならば私が守らなければ。
その腕は灰色の無機質ばかりが幅を利かすこの場所で、醜いくらい生物であることを主張していた。ボコボコと水の中の気泡が解き放たれるような音を立てながら、腕は少しずつ形を戻し始め肩の辺りまで見えてきている。時間が経つほど状況が不利になるのは明らかだ。やるならまだ奴が治りきっていない今しかない!
私は銃を構えると、鈍く動く物体に向かって3発の弾丸を発砲した。倒せないまでも上手くいけばそのまま衝撃で高架下に落ちるかもしれない。
放たれた弾丸は狙いと寸分違うことなく、横一線に並ぶように肉塊に突き刺さった。腕の下から生えたひげ根のようなヒダが剥がれる音がして、狙い通り腕は落ちていった。
やったか……?
私は硝煙の匂いの残るコルトガバメントを右手に携えながら、少しずつ高架の縁に歩み寄る。そこには当然奴の腕の欠片さえ残っていない。残らず高架の外に落ちていった。私は恐る恐る10cmほどの厚さのある縁に両手をかけて、少しだけ顔を出して下を見る。
アツイ何かが、私の右腕を、音を立てて、上がって―――。
本当に驚いたときというのは頭がクリアになる。叫び声なんて上がらないし、動くことだってままならない。体はどうにかしようと熱くなるのに、頭は何も考えられないくらいに冷え切っていた。
油断した。私は順調なときは最悪のケースを想定して行動するのに、逆境にあるとついつい幸運が積み重なってできたような結果が当然起こると思ってしまうらしい。今回もその類だ。私は腕が縁から落ちていった時点で“腕は高架下に落ちた”と思い込んでしまったのだろう。全く我ながら嫌気が刺す性格。
状況は最悪だった。奴の腕は落ちてなんかいなかった。落ちたように見えて、まだ外の壁面にくっついていたのだ。そして馬鹿みたいに顔を出した私に取り付こうとその小さな図体に似合わないくらい飛び上がった。そしてそれを振り払おうとした私の右腕にへばりつき、巻きついた。痛みはない。きっと痛みがないくらいに少しずつ侵食しているのだろう。熱いゼリーか何かに腕を突っ込んだみたいに気持ちの悪い感じがする。奴の肉片は少しずつその大きさを増し、次第に顔の方へせりあがってくる。昔どこかで見たシメコロシイチジクが目に浮かんだ。
まだこうして冷静でいられるのはいいことだが、考えたところで何も好転しないのは目に見えている。どうしようもない。たとえリョーゴがいたところで何もできないだろう。こうして腕にくっついている以上、銃弾なんて撃ち込もうものなら私の腕だって無事では済まない。
どうする。どうする、どうする、どうする。
いっそ狂いたかった。こうして死を間近にしながら、それをどうにもできないなんて生殺しだ。それなら何も考えられないくらい狂いたかった。
腕を少しずつせり上がってくる吐き気のするような薄黒いピンクの肉。青い血管が枝分かれするように浮き出ていて、脈を打っているのが感じられた。もう私の右腕は肘の上の辺りまで侵食されている。チクチクとクラゲに刺されるみたいに痺れにも似た痛みが走った。その痛みは次第に強くなり、ガラスの粉が撫で回すように少しずつ皮膚を傷つけ、その傷にガラスを刷り込んでいく。
銃を“変成”する。“変化”とは少し違う。それは形式と言うより対象による呼び名の違いだろうが、“変化”のカテゴリーのひとつである。きっとヒューゴなら目を瞑ってもできるのだろうが、私では2,3秒の時間を要した。創るのはナイフ。しっかりとしたグリップ―――これはそのまま銃のものを使えばいい―――銃身はできるだけ細く鋭く、少しずつ厚さをすり減らすように刃を作る。そして鋭利な黒い刃を持ったナイフが私の左手に握られていた。サバイバルナイフのより少し刃が長い、刃幅のある頑丈そうなナイフ。
まずはそれをまとわりつく肉塊の太くなっている部分に突き刺す。もちろん私の腕まで刺さないよう加減をする。妙な弾力のあるそれをナイフは容易く貫通した。それは当然。あれは刃を防ぐ必要がないのだ。穴が空いたら直せばいい。それを防ぐなんていう効率の悪いことはしない。そうなってくると、やはりナイフなんかじゃ殺せない。そんなことは分かっている。ただ、無駄だと分かっていてもそれをやらないと踏ん切りがつかなかっただけ。
少し視線を下げて路面に寝かされた彼を見た。私がここで大人しく死んだら次に狙われるのは何も知らない彼だろう。私は彼を守ると言っておきながら、ずっと守られっぱなしだった。ここで少しぐらいお返しをしないと帳尻が合わない。だって彼を巻き込んだのは私なのだ。私が出した唯一の犠牲。私の答えを揺さぶる証人。
私は彼の体を路肩いっぱいに寄せると、数歩歩き高架の縁の上に立った。障害物が少ないせいか体に当たる風は強く、素直な風だった。少し排気ガスの匂いのする生暖かい風は清清しいとは言えなかったが、それには目を瞑ることにした。
これからやることはすごく簡単だ。まず右腕ごと奴を切り落とす。おそらくそう簡単には離れまい。私の方に飛びついてくる可能性も多分にあるだろう。そうなったらこのまま高架から飛び降りる。奴も落下を察して私から離れるかもしれないが、それでもそれに気付いたときには周りに飛びつけるものはない。私だって簡単に離す気はない。どちらにしろ落下は免れないだろう。本当ならもっといい方法があるのかもしれない。私だって色々考えた。だがどの方法も圧倒的に時間が足りないのだ。ここを短時間で確実に離れるためにはこの方法しかない。尚且つ高架下は背の高い雑草が茂るばかりの荒野だ。人通りもないし奴が暴れてもしばらく被害は出ないだろう。もしかしたらヒューゴが気付くかもしれない。
「ぐっ……」
まるで私の考えていることに反応したように、きつく腕が締め付けられた。きっとそれだけの力が戻ってきているのだ。あれは何も完全な再生を待つ必要はないのだ。ある程度の大きさまで行けば私を絞め殺すくらいわけはない。このままいけばあと数秒である程度の形を成し、私の体をアルミ缶のように握りつぶし空腹を満たすだろう。
もたついている暇はない。
私は大きく左手に持ったナイフを振り上げ、右腕に寄生した奴ごと貫いた。場所は肩より少し下辺り。そこから切り落とせば奴の寄生した右腕ごと落ちるはずだ。
数秒後の自分の血まみれになった姿が脳裏に浮かんだ。それに伴うだろう痛みもリアルすぎるくらいに感じられる。だが左腕は止まらない。止めてはならないのだ。ここで止めたらもう一度同じことができる気がしない。黒く光る刃を私は自分の右腕に力いっぱい振り下ろした。
「な……!?」
だがナイフの刃は私の腕に刺さる寸前で弾力のある金属のようなものに弾かれた。
「シャアアアアアアア!!!」
形もろくに揃っていない混沌とした体から、突然奴の頭部が生えた。大きく剥かれた眼球は私を睨みつけ、口は裂けそうなくらい開かれ白い牙のように尖った歯が露になっていた。そして私の腕に巻きついていた肉塊はナイフが刺さる瞬間、いきなり横に大きく広がり盾のようにその刃を防いだ。そしてそのまま伸ばした触手はタコの足のように私の左肩まで伸びていく。その肉が触れた面は溶かされているように熱く、針の筵を巻いたような鋭い痛みが走る。
まずい。思った以上に回復が早い。頭部が生えたことにより多少頭が回るようになったようだ。これでは切り落とそうにも簡単にさせてくれそうにない。
だが、これも最初からわかっていたことだ。寧ろこれくらいしっかりくっついてもらった方が都合がいい。これならお前を連れて行ける。
迷わず私は俯瞰の空へ踏み出した。死なんてものはとうの昔に踏み越えた。目の前に転がるいくつもの死を考えるうちに自分の死だって形になって見えてくる。彼には諦めるなと言いながら調子がいいとは分かっている。でもこれは違う。彼みたいに自己犠牲の精神で後先考えずに突っ込んでいるわけじゃない。これが最良の方法なのだ。しっかりと考えた上でこれが一番だと判断した。彼は怒るかもしれないが、これしかないんだから仕方ない。それにひとつくらい私の我が侭を聞いてくれてもいいんじゃないか。
奴はしっかりと私の体に食らいついている。それがお前の仇になる。私ではお前を倒せない。でも彼ならできる。だからこの場はこれでいい。彼に打順が回るまで、私はこの場を死守しよう。
堕ちて行く。すぐに高架が遠くなった。それに気付いたように奴は私の体を離れようと暴れだす。だがそれも遅いのだ。お前は回復を急ぐばかり私に入りすぎた。あと数秒はこのままだ。
堕ちて行く。死ぬ寸前には走馬灯が見えるらしい。今までの記憶がフラッシュバックするそうだ。そうして周りの景色がスローになって見えるらしい。なるほど、走馬灯は見えないが、周りの景色はスローになっていく。ブルーとふわふわした白の背景に、乾いた土と緑の茂った固い空。体に当たる向かい風も感じないくらいに時間が刻まれ、それを丁寧に一つ一つ拾い上げるようにして時間が進む。
……おかしい。5秒は経っているはずなのに地面は一向に近くならない。それどころか段々と離れていくような……。
「嬢ちゃん、そんなに死に急ぐこたあないだろ」
間の抜けた声の主は高架の縁に両肘を乗せ、掌に顎を乗せながら呆れた様子でこちらを見下ろしていた。
.58
「さてさて、これは一体どうしたもんかねえ。……ああ、俺はジェイクリーナス。ジェイクでいいよん。」
聞いてもないのに名を名乗る。馴れ馴れしいこの男は白髪のパーマのかかった感じの変な人。年齢は20にも30にも見える。幼さが残るというのだろうか。目は半開きで全体としてやる気が感じられない、私が嫌いなタイプ。でももっと背筋を伸ばせば見れたものになると思う、どこか人を惹きつける様な愛嬌のある顔立ちだった。
私の視線をどう勘違いしたのか「ダメダメ、俺には彼女がいるから」と両目を瞑りゆっくりと首を左右に振る愚か者。鬱陶しい。
そうこうしているうちに私の体は既に路肩の縁を越えて路面の2mほど上にゆっくりと移動していた。不思議といえば不思議で、何か嫌な感じがしないのが不思議だった。これがこの人のアーツだろうか。格好から察するにこの白髪の人はエージェントだろう。割とぴったりとした黒いコートをだらしなく着こなし、ボタンは真ん中の一つだけがかろう時でついてる程度、だがその腕章を見て驚いた。この人、特殊課の人だ。
ナンバー
協会はいくつもの部署に分かれ、なんとか支部なんとか部隊となっていて、それに応じた背番号が4桁の数字となって腕章に振られている。また腕章には色があり、エージェントなら赤、青、緑。教官は黄色、学者は白などと決められている。そして目の前の男がつけている腕章は黒に銀の三本線。これはどこの部署にも属さない特殊課と呼ばれる人々がつけるものである。特殊課というのはもちろん正式名称ではない。そもそも特殊課といっても一つではなく、諜報、アクションサービス、事後処理などなどそれは多岐の部に渡る。つまるところエージェントの仕事を更に細分化し、専門家したのが特殊課なのである。もちろん特殊課に入るためには相当に難易度の高い試験をパスし、尚且つ任務での成績と経験が重視され、その後で試験者の能力にあった部からオファーが来る。つまりエリートの集まり。
そして特殊課は黒い腕章に銀のラインが入っているのが普通で、そのラインの入り方によってどの部なのか見分けることが出来る。その中で銀の三本線は諜報部を指す。
そういった中々お目にかかれない人達が目の前に3人いる。いや、正確にいうとその後ろには黒いワゴンカーがあって、その運転席にもう一人いるようでゆっくりと降りて来るところだった。つまり4人。
「なんでオレ達がこんなことしなきゃならないんだ?」
そう言ったのは黒人の大柄の男。筋肉質で黒いコートから覗く太い腕は私の胴回りくらいある
「命令は……」
「はいはい、絶対だろ。分かってるって。ただ今回の任務には関係ないだろ」
黒人の男を嗜めるのは長身の痩せ型の男。赤く光る逆立った髪がより一層背丈を高く見せている。
「ジェイク、おつかれさま」
「ふー、そう言ってくれるのはシシリーちゃんだけだよ。みんな俺に冷たいぜ」
トホホと大袈裟にうな垂れる白髪パーマ。それに声を掛けたのは長い金髪のポニーテールの女性。青い瞳と白い肌はどこか綺麗過ぎて危うい感じがする。
「あー、そうだ。嬢ちゃん、もう降りていいぞ」
白髪の人が思い出したように言った。というか降りるとはなんだろう。そもそもこの状態がいたく不思議なのだ。うつ伏せに落下していた私の体は白髪の男の(おそらく)アーツで拾い上げられたみたいなのだが、浮いているといえば浮いているといえる。無重力のように自由に動き回れる。だが確実にここには足場がある。透明の板のようなものが見える気がする。あえていうなら私が求めたところに足場ができるということだろうか。
「ギャアアアアアアアアアアアッ!!ウゥゥゥ!」
その雄叫びに私の体は無意識に竦んだ。高架の縁から異形の肉塊がゆっくりと上がってきたのだ。そいつはほとんど体は再生していて、何かに体当たりを繰り返していた。“何か”と曖昧なのはぶつかっているのに音がないため判別がつかないからである。そいつも私と同じように箱の中にいた。
「あー、だめだめ。お前の方のは固いから無理」
俺ああいうキモイの苦手なんだよな、と言いながら白髪の男は顔を背けた。そして私の方を見ながらニヤニヤと笑う。私はああいう人を小馬鹿にしたようなにやけ顔は大嫌いだ。
「そっかそっか、嬢ちゃんは降り方が分からないと」
降り方なんてあるのだろうか。しばらく見ていて分かったのだが、これは『箱』だ。透明なアクリルのようなもので囲われた箱。不思議なのはその『箱』の中ではいまいち物理法則がしっかりと定まっていないこと。こうしてふわふわと体の浮くような感覚はなかなか味わえない。
「そこから降りるには合言葉が必要なんだよ。あ・い・こ・と・ば、分かる?」
白髪の男は私に言う。私は自分の中に沸々と湧き上がる何かを感じていた。この男とは一生仲良くなれないだろう。
「合言葉は〜『助けて、男前のジェイクさん……』。いや、待てよ。『ジェイクさん、今日も素敵な髪型です』とかも……」
変成完了。手の中のナイフは見慣れた拳銃に戻っていた。そしてカチャリと小さな音を立てて、弾を銃倉に送る。標的は目の前のふざけた白髪頭だ。私はゆっくりと銃を目前に構える。
「え?ちょ、嬢ちゃん?冗談だって!落ち着け、落ち着けって…………マイハニー」
プツン。頭にきた。私はああいう輩は頭を一度吹っ飛ばして新しいのに変えたらいいと思う。冗談が通じないと人は言うかもしれないが、ご名答。元々私は冗談は大っ嫌いだ。
私は銃口を白髪頭に向けた。白髪頭は慌てふためきあれこれ言っているようだが、もう私の耳には聞こえていなかった。もうじきその喧しい口も大人しくなる。
―――だが、その前に白髪頭は思いっきり後頭部をシシリーという人に叩かれていた。グーで。
「気にしなくていいわ。それはもう“開いてる”はずだから、普通に地面に立つ要領で出れるわ」
おそるおそる地面に足を伸ばすとあるかと思った『箱』はどこにもなく、なんの抵抗もなく地面に足がついた。
「痛たたた……。シシリーちゃん、グーってのはちょっとさ……」
白髪頭が右手で後頭部を抑えながら顔をしかめる。
「あら、あのままだと頭が吹っ飛ばされてたわよ。いい加減、そういう馬鹿みたいなことはやめたら?」
「それは無理だな。あー、無理だ。それを取ったら俺には何も残らねえからな」
と言って、また白髪頭はケラケラと笑い始める。シシリーという人は呆れたように両肩を竦める。
その笑い声を遮るように、携帯の着信音のようなものが鳴った。あまり表情のない長身の男が出る。2,3言葉を交わすと電源を切り、内胸ポケットにしまう。
「隊長がもうじき来る。結界を解いたから、もうじき車の通りも戻るそうだ」
長身の男は淡々と言った。
「とりあえず、隊長が来るまで全ては保留なんだろ?」
黒人の男がそう言って、ワゴンカーの車体に寄りかかった。その重量に少しだけワゴンカーは右に傾く。
2,3分と待たずに隊長と呼ばれている男がバイクに乗ってやって来た。ワゴンカーに入るくらいのそんなに大きくない銀色に赤のロゴが入ったバイク。それを路肩に寄せられたワゴンカーの後ろに綺麗に止めると、男はこちらに向かって歩いてくる。
「どうだ?何か掴めたか?」
男は低い声で訊ねた。顎から右頬にむかって伸びる刀傷、銀色の短く刈られた頭、円形のサングラス。前の大きく開いた黒いコートに、ズボンにはたくさんの金属のナイフを差している。歴史が地層のように何枚も何枚も積み重なってできたような重みのある風格を持っている人だった。
「例のものとは関係ないようです。調査も何も行っていません。全ては隊長の指示を待ってからと……」
シシリーという人が静かに言葉を連ねた。さっきまでベラベラしゃべっていた白髪の男も真剣な顔で隊長らしき男を見ている。
「関係ないとは言い切れない。状況は?」
「隊長が結界を張ってから、3分20秒後現場に到着。それからDUDSとそれに憑かれたエージェントをジェイクが捕獲。そこにいるのがDUDSのようです。後、こちらがそのエージェント」
シシリーという女性は柔らかな手つきで手の平を返し、私に向ける。
「お前、どこの者だ?ナンバーとネームは?」
低いベースのような声が私に向けられた。
「ナンバーはまだありません。候補生のシャルロットといいます」
「候補生?それがなんでこんなところにいる?」
「それは……」
「試験は中止だ。他の候補生も4日前には全員帰ってる。担当の教官から連絡はなかったのか?」
担当の教官……それは先生のことだ。でも先生は……。
「シャルロットって、あのコトーのとこのシャルロットか?」
不意に白髪の男が口を出す。久々に先生の名前を聞いた気がした。
「ジェイク、知っているのか」
「ああ、そりゃあもう。俺とコトーはダチですよ、ダチ!」
「え?先生と!?」
「はっはっは。そうなると俺と嬢ちゃんも何も知らない仲ではないわけか。ふふふふ」
いっそ嘘であれ。先生も友達は選ぶべきだ。いや、ある意味ぴったりなのかもしれないが……。
「それで」
隊長の男が先を促す。
「ああんと、そうなるとそこの嬢ちゃんはコトーの生徒ですよ。コトーの生徒は一人だけらしいですから。あっ、今回の試験にも同行してるらしいですよ。そういや嬢ちゃん、コトーはどこよ?」
「え……先生は……」
もごもごと言いよどむ私。先生は……その先が出てこない。ふむ、と隊長の男が頷く。
「もしお前の話が本当だとすると色々おかしなことが起こっているな。今回のホールの特別要請はコトーからなんだよ。じゃなきゃ俺達がこんなすぐに動くはずがないからな。だがそれならなぜコトーは自分の教え子をこんな危険なところに残しているんだ?それにコトーは出てこない」
「既に何者かに殺された可能性もありますね」
シシリーさんが考え込むように言った。
「それはないね。コトーってばデタラメに強いんですよ。そりゃあ俺の次くらいに。誰かにやられるなんて考えられませんよ」
「俺もコトーがやられたとは思えない……と、こんなことを話していてもしょうがないか。全く今日の俺はどうかしてるな。さて、シャルロット。コトーはどうしている?」
「せ、先生は……」
それは口にしてはいけない気がした。口にするとそれが本当になるようで、それを認めてしまうようで、それを言ったら終わってしまう気がした。私は伏目がちに路面を眺める。
「嬢ちゃん、聞いてる?んだからコトーはどうしてんのよ?」
「……」
私はそのとき大事なことを思い出した。まずい。こんなことをしている場合ではなかった。なぜここをすぐに立ち去らなかったのか。今の私たちにとっては彼らは最悪の敵だったのに。
「ミネワ隊長、このガキおかしいですよ。人間じゃない」
私は見落としていた。DUDSならもう一人いることに。
.59
「ほう」
ミネワという男はずれたサングラスを直しながら振り向いた。その視線の先には彼が横たわっている。
「ジェイク、囲っとけ」
「あいよ」
白髪の男は右腕を地面と水平に上げ、掌をかざす。すると彼の体を『箱』が囲う。そしてミネワという男は彼に近づき、しゃがみこんだ。
「おかしいな」
「そうでしょう。オレも最初はただの人間かと思ったんですが、何か違いますよね。……隊長は何だと思います?」
黒人の男が丸太のような腕を組みながら尋ねた。
「さあな」
「DUDSでしょう」
赤い逆立った髪の長身の男がさめた口調で言う。
「違うな。DUDSにしては弱すぎる。それに欠けた部分が見えない。かと言って満たしているわけでもなさそうだ。だが人間としては少し強すぎる……か」
ミネワという男は乾いた表情を崩さず冷静に分析する。つまるところDUDSともEXTRAとも人間とも区分できない微妙なものだということだ。それは私にも分かる。リョーゴの体は変なのだ。DUDSであるはずなのにどういうわけか世界とのつながりが薄い。その理由も曖昧ではっきりしない。
「殺しておきますか?」
長身の男が言う。
「まあ待て。もう一つ気になることがある。シャルロット、そのDUDSどうやって捕まえたんだ?」
「それはそこのジェイクさんが……」
「そうじゃない。それは知っている。だいたいのことは聞いているんでな。俺が聞きたいのはどうやってそのDUDSをそこまで追い詰めたかだ。君は候補生だろ。このDUDSは少しばかり候補生には荷が重いだろう。それに再生能力も尋常じゃない。これをここまで追い込むには何かあったはずだ」
「それは……」
しまった。状況はかなりまずい。あの異形のDUDSをどうやって倒したか。もちろん私にはそんな力はない。私では生きているものを相手にするのが精一杯なのだ。ああいう“生まれている”手合いはその異常な再生により殺傷というより破壊という能力が問われてくる。破壊には質量と運動エネルギーが必要になるが、アーツの性質上質量の大きさと運動エネルギーに比例してアーツの難易度は格段に上がる。ヒューゴなど一部のエージェントを除けば、単独であの手のDUDSを消滅させることはまずできないだろう。だから今回のケースはリョーゴが何かよく分からない力を使ってバイクを砲弾のようにしてあのDUDSを追い詰めたわけだが、それをここで話すわけにはいかない。すでにリョーゴは疑われ始めている。DUDSでもない、人間でもない。そんな曖昧なものはある意味DUDSなんかより危険視される。それがあれほどの力を持つと分かれば間違いなく殺される。当然先生のことも話せない。先生を殺したのはヒューゴだが、ヒューゴでは勝てないのも明白なのだ。当然、そうなると先生の身になんらかのハンデがあったと考えるのが普通なのだ。実際先生はDUDSの解放を抑えることと、リョーゴとの戦闘がありハンデを背負って戦っていた。こちらの方でもリョーゴを感ずかせるわけにはいかない。
ミネワという男は『箱』に入った肉塊のようなDUDSを見上げて言う。
「このDUDSは中々優秀だ。頭は悪いが肉体のポテンシャル自体は高い。一端のエージェントだって一人じゃ無理だな。逃げる者と追う者、止める者と浚う者。少なくとも四人いないと相手にならない。だが君はそれを一人で止めたというのか?そうじゃないだろ。どうも君は何かを隠している。仮にそこに転がってる男がDUDSだとした場合、君は二人を相手にしたのか?いや、仮定の話はよそう。ややこしくなるな。さて、君が隠していることは4つだが、一つ聞き出せれば十分なようだ。あとはこっちでやるとする。シシリー」
金髪の長い髪を揺らしながら、後ろに控えていた女性が私の方へ寄ってくる。
「キーは?」
「『どうやってこのDUDSを仕留めたかだ』どれくらいかかる?」
「少しお待ちを」
金髪の女性は私の額に手を当てると目を瞑る。いや、手を当てたんじゃない。頭の中に手を入れた。声にならない悲鳴が出た。その手は額に向かって伸ばされ、そのまま当たることなく頭の中に溶けるように消えていったのだ。そして追ってくるのは頭の中を掻き混ぜられる様な感触。決して気持ちいいものではない。異物の侵入と同時に私の体は麻痺したかのように感覚が無くなっていき、痙攣したかのようにピクピクと細かく振動する。意識が遠のき、力が抜けていく。
「後2分というところですね」
「随分かかるな」
「すいません。彼女が優れているせいもあるでしょうが、それだけ話せない内容ということです」
「それにしても何回見ても慣れねえなコレは」
「私は慣れましたけど」
「シシリーは好きそうだもんな。俺は無理だわ、そういうグロテスクなのはパス。終わったら呼んでくれや」
白髪の男がワゴンの方に向かった後、『箱』に入ったDUDSを眺めていたミネワという男が驚いたように顔をしかめた。
「シシリー、予定変更だ。今すぐ拾い出せ。時間はかからない。シャルロット、このDUDSには左腕はあったか?」
「左……腕……?」
私の意識ははっきりしない。麻酔でも嗅がされたみたいに思考がはっきりしない。左腕……あのDUDSは生成の途中を見る限り、おそらく左腕、もしくは左半身を失ったDUDSだ。だからあったといえば無かったというべきだが、それはDUDSとして形を成す以前の話。それから私達を追うときにはしっかり四肢があった。私はそのことを言おうと口を開くがパクパクと魚のように口が動くばかりで声が出なかった。まあそんなことをしなくてもあの女性が汲み取ってくれたようだが。
「そのDUDSのロスト……左腕、もしくは左半身……」
金髪の女性がゆっくりと、ひとつひとつ拾い上げるように言葉を並べる。
「そんなのは見れば分かる。そいつのロストは左半身だ。それはDUDSになったときにはあったのか?」
「……ありましたね」
そういうと、金髪の女性は私の頭から手を抜いた。入れたときと同じように抜いたときにも抵抗はなかったが、心なしか引っかかっていた釣り針が取れたようにチクっとして私の意識は色を戻していく。その後もミネワという男は金髪の女性にいくつか質問をし、彼女はそれに事細かに答える。幸いなことに彼に関することはほとんど出てこなかった。そのせいか話はところどころ支離滅裂で、なぜか消滅させられそうになったDUDSが右腕から再生して……など不明瞭な点も多かった。
話を聞き終えると、ミネワという男は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ちっ。ランドル」
「分かりました。探しましょう」
長身の男はランドルという名前らしい。そしてクラウチングスタートのようにしゃがみ込むと両手を地につけ目を瞑り、まるで小さな音でも聞くように耳を澄ませた。
「隊長どうかしたんですかい?」
白髪の男がワゴンの方からこちらへ駆けてくる。
「お前が落としたわけじゃないんだろ?そいつの左腕」
ミネワという男は親指で背後の『箱』を指しながら訊ねる。
「左腕……。違いますね。俺が囲ったときには既に無かった。でもあれはまだ再生の途中だったからてっきり……」
「直っていくものだと思ったか……。だが体が全部復元し終わっても直らない。だがそこの女が言うには再生する前まではあったようだ。嫌な予感がするな」
「やめてくださいよ。隊長の予感は悪い方にばかり当たりますから」
あの人達の話はよく分からなかった。分かったのはあのDUDSはなぜか左腕が直らないらしいのだ。たしかにホールの中というわけじゃないから、完全に再生するという保証はない。だが左腕以外は完全に再生しているのだ。それなのに左腕だけ再生しないのはおかしい。たしかに私達を追いかけたときには左腕もあったのだ。それがなぜか再生しない。
「でも隊長、俺達がここについたときにこの辺りはチェックしましたけど、特に怪しいもんはなかったですよ」
「ジェイク、それは隊長の結界のせいだろ。混濁して分かりづらくなってんだ。見落としたのかもしんねぇ」
黒人の男が言う。ピリピリとした肌を刺すような雰囲気が辺りを包み、私のことを忘れたように話が進む。
「だがな、結界を張る前からDUDSの気配は感じられなかった。もし隊長の予感が当たってるなら、その前にDUDSの気配があったはずだろ」
「違うな。もっと確率の低い話をしよう。もっと起こりうるはずの無い話だ。このケースはスロットで7が揃うような偶然でできている」
ミネワという男と白髪の男、黒人の男が円を組むようにして話している。ランドルという長身の男は私の横でまだ何かを探している。金髪の女性は私の前に立ち、私とリョーゴを監視しているようだった。
「俺は仮定の話はしない。だから“もし”とは言わない。だが馬鹿みたいな確率の低い話だ。それでも俺は確信を持っている」
ミネワという男の話し声が途切れ途切れに私の方にも聞こえたが、低くしわがれた感じのする声は通りが悪く、すぐ横を走っている車の音にかき消されていく。どうやらその結界というものが無くなって車の通りが戻ったらしい。
「おそらく左腕は持ち去られたんだろう。でもそれだけじゃ普通に左腕も再生するはずだ。それがしないなら理由はひとつだ」
「他の誰かの所有物になったってわけですか。でもそれなら俺達が来る前になんらかの予兆があったはずだ。あの時のランドルの話ではDUDSの気配は一つだけだった」
「ああ、あの時点ではな。だからDUDSが生まれたのはその後ということになる。ランドルが一体のDUDSの気配を察知し、俺が結界を展開し、お前らが現場につく。この間に新たなDUDSが生まれたと考えて間違いない。だからDUDSが一体だったと考えるのが間違っているんだ。そこにいるものの他にあのゴタゴタの中でもう一体生まれている」
「そいつが左腕を持ち去ったっていうんですか」
「そうなるな。しかもそれだけでなく……」
「それがそいつの欠けた部分だったというわけか……そりゃあラッキーセブンなんてもんじゃないですね。ジャックポットでも生ぬるい」
「だから言ったろ。すごい確率の低い話だってな。ホールから離れたこの場所でDUDSが生まれたのも偶然なら、そいつが腕を手に入れたのも偶然。それに加えてその腕がそいつに合ったのも偶然。できすぎたシナリオだ」
「できすぎてる。でもそれなら腕はどうやって手に入れたんですかね?」
白髪の男が顔をしかめながら言った。話はなんとなく分かってきた。DUDSの腕が再生しない理由。それは簡単だ。奪われた―――自分が世界からもらったものを誰かが奪っていった。それだけならただ切られたようなものだから再生はできる。だが奪った奴もDUDSで、そいつはこともあろうかそれを自分の体につけたのだ。そうなってくると左腕におけるプロパティが移るわけだ。これはただ腕を切られるのとは違う。言うなれば再生するのと同じ次元(クラス)で失うわけだ。元の型があればまたチカラを流し込んで再生させればいい。だが元型ごと奪われてしまっては再生できない。一方奪った方は新たな左腕を手にする。そしてそれは元型として接着し、たとえ切られたとしてもチカラを流し込むことで再生が可能になる。しかももっと厄介なことにそれはそいつの必要とする部分、欠けた部分であったのだ。
そう、左腕が欠けていた部分だと考えて間違いないだろう。なぜならこの場所はホールの外周を少し出た場所にある。平均よりは少し高いだろうがチカラの密度は低い。このような場所でDUDSが生まれるというのはあまり無いことなのだが、無いとは言い切れない。だがここで生存していくのは不可能に近い。あの左半身のないDUDSが暴走したように、ホールでなければDUDSは生きられず、おそらく生まれたてのDUDSでは形も定まっていないだろうし、あの異形と同じように中身が定まらないままあふれ出して同じ結末をたどるだろう。それが無いということは、腕を持って行ったDUDSは外れた―――EXTRAになったと考えていいだろう。本当に奇跡のような偶然だ。どうも世の中悪い方にばかり奇跡が働くらしい。
「これはシシリーが汲み出した中ではっきりしない部分なんだが、今『箱』の中にいるDUDSは最初に消されそうになったときに右腕を飛ばしたらしい。その後、その右腕から再生している。それでどこで左腕を奪われたかなんだが……これは俺の考えだが、おそらくそいつは本能的に消されると思って右腕を本体から切り離して難を逃れたわけだ。このときだろう、左腕をとられたのは。シャルロットが無事なところを見ても新たに生まれたDUDSが自分であの化け物から奪ったとは考えづらいしな」
「隊長、もっと詳しく」
ミネワはやれやれと首を横に振った。
「あー、面倒だ。ジェイク、お前はもう少し自分の頭で考えろ」
「ははは、やだなー隊長。できないことはやるなっていつも言ってるじゃないですか」
「……口だけは達者だな。マーカス。説明してやれ」
それまで黙って聞いていた黒人の男に向かって言った。どうやらあの男の名はマーカスというらしい。
「つまりだな、隊長が言いたいのは飛ばしたのが右腕だけかってことだ」
「んあ?どゆこと?」
「だからDUDSの体の向きから言って、左側が逆車線側、右側が路肩側になるわけだが、自分の腕を切り離すときにわざわざ遮蔽物のない右側に右腕を飛ばすのはおかしいだろ。普通だったら渋滞気味で車がたくさんある左側―――逆車線の方に飛ばすわけだ。なんせ腕だけの状態じゃ無防備すぎるからな」
「なるほど!つまりそれでも条件の悪い右腕を飛ばしたってことは当然左腕も飛ばしてるわけだ。そっちのが優先だから」
「そういうことだ。加えてその新たなDUDSはそこの候補生を襲うほどの力は無いわけだから、無理矢理あのDUDSから奪ったとは考えづらい。つまり本体から“切り離された”左腕を持ってかれたってこと」
「最初からそう言ってくれれば分かるんだけどな」
はいはい、と黒人の男が呆れたように肩をすくめる。
それを待っていたかのように私の横でしゃがんでいた長身の男が急に立ち上がった。
「隊長。ここから東に5km先……見つけました。追跡の許可を」
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