26.
意識が刈り取られる。
右肩から地面にむかって振り下ろされるそれは、俺の体を半ば両断した。
すぐに体勢を整えようとするが、体が動かない。
これが限界というやつか。
体は電池がきれたおもちゃみたいに動かない。
足に力を込める。
入った力を確認できないまま、どうにか前に進もうとする。
ふと嫌な感じがした。
風を切るような音と同時に体中に剣が走る。
嘘だろ……。
左腕が飛んだ。
右足と右腕はどうにか体についている。
全身が血まみれだった。
あちこちからありえない角度で切り込みが入った。
気づけば地面がそこにあった。
地面はひんやりと冷たくて熱くなった体には気持ちいい。
もう立ち上がろうとは思えなかった。
体から力が抜けていくのが分かる。
体が砂になったみたいにサラサラと消えていく感じがする。
いや、消えているのかもしれない。
世界の徴収だっけ。ちょっと俺は無理しすぎたみたいだから後が怖い。
こういう感じは前にもあった。
ブレーカーみたいなスイッチがひとつひとつオフになっていって、段々暗くなっていく感じ。
カチンカチンとひとつずつスイッチが下がっていって、明かりがひとつずつ消えていく。
これが死なんだな、と実感できるくらいに分かりやすい。
カチンカチン……
勝てるなんて最初から思っていなかった。
俺は素人もいいとこ。DUDSになったって勝てやしない。
そもそもコトーさんの仕事はDUDSを狩ることなんだから。
カチンカチン……
少しずつ暗くなっていく部屋。
一列に並んだスイッチが端から順番に落ちていく。
だけど一つだけ落ちないスイッチがある。
カチンカチン……
まだだ。
俺にはまだ使ってないものがある。
コトーさんになくて俺にあるもの。
俺にしかないもの!
体に力が戻る。
体はボロボロのままだけど、まだ戦える。
天気は晴れ時々霧。
公園は白い霧に覆われる。
27.
彼は立ち上がった。
腕や足は体にやっと繋がっている程度、左腕だって途中からなくなっている。
呻き声をあげながら上体を起こす。
ふー、ふー、と肩で大きく息をする。
その時間はすごく長くて、どこかに吸い込まれるようで僕は動けなかった。
そして彼は小さな声で言った。
「コトーさん、本当に俺達はこうするしかなかったんですか」
僕は答えない。
答える必要もないし、答えてはいけなかった。
もう戻れない。
彼の目は僕を見ていなかった。
僕の方に向かって言うけど、彼はもっと奥を見ていた。
「俺の答えは変わりません。俺は欲張りだから何も落とせない。全部抱えて進んでく」
そんなことはできない。
現に彼だって選ばなくてはならない。
僕を生かすか殺すか。
僕達はどうやっても落としてしまうのだ。
どんなに逃げ回っても、どんなに戦っても。
だからせめて落としたものに気を取られて他のものを落とさないように僕達は歩くしかない。
「これから俺が失うものがどういうものだかまだ分からない。でも最初から諦めるなんてやっぱおかしいよ」
「それじゃあどうするんだい?僕を殺すんじゃないのかい?」
彼はこの問いには答えられない。
彼は失わない覚悟をした。
失うような状況は作らない。
しかしもう今は何を失うかの選択しか残されてない。
「俺はあんたを止めるよ。その後に何を失うかなんて分からない。それでも俺はあんたが正しいとは思えない」
彼は上体をかがめる。
最後。これが最後になるだろう。
僕の右腕に再び負荷がかかる。
さっきまでとは段違いのプレッシャー。
「だから俺はあんたを越えていく!!!」
低く、そして地を這うように駆ける!
速い。
だがさっきまでの生彩はない。
動きだって僕に比べれば呆れるくらいに遅い。
彼には僕が見えているかも怪しい。
そんなボロボロの体で何ができるというのか。
僕は軽々と左手に持った剣を振り下ろす。
これで最後、そう思った。
遅れて胸を貫く鉄の感触が追ってきた。
体に鉄の芯が入った感じ。
熱くなった体の中で変に冷たい骨。
彼の左手はいつの間にか再生していたらしい。
両手でしっかり握った金属の柄が僕の体から生えていた。
僕の左手は動かなかった。
右腕は霧に縛られ、左腕は……。
それどころか体が動かない。
なるほど。
彼の力は……。
彼は僕にもたれかかるようにして膝を折った。
呼吸が荒い。
どうやら傷は治りつつあるらしい。
それを見て少しほっとした。
これで彼も死んでしまったらやりきれない。
僕はもう十分生きただろう。
結局答えは返って来なかった。
ここまで来るのに色んなものを落としてきた。
大事なものもたくさんあった。
絶対落とさないと決めたものもあった。
戦いから逃げ回ることもしたし、戦いに希望を託したこともあった。
だけど結局何も守れなかった。
大事なものに限って守れない。
絶対に落とさないと決めたものが、振り返るとどこか遠くに見える。
それは道標のような僕の軌跡。
答えは返って来なかった。
何も失わない、そんなことはできない。
ただ、それを知っただけだった。
彼はこれからどう歩くのだろう。
何も落とさずに歩く方法。
その行く末だけが少し気になる。
僕の物語はここで終わり。
いいことも悪いこともあったけど、物語っていうのはこういうもんだ。
いつもヒーローが勝って、ハッピーエンドというわけじゃない。
せめて彼女は笑っていられるように。
それだけを思いながら僕は目を閉じ―――。
「先生!!!!」
懐かしい声。
その声にもう少しだけ最終回を延ばすことにした。
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