24.
愛用の銃をホルスターに、先生からもらったナイフを腰に差し、忘れ物がないかを一通り確認する。
どういうわけか私は人に言わせると寝起きが悪い部類に入るらしい。
たしかに少し頭の回転は鈍るけど、そんなに悪くはないと思う。
黒い外套を羽織う。
ホテルの鍵を持って外に出る。
焦る気持ちを抑えて、しっかりと鍵を閉める。
ガチャガチャといつもの5倍くらい時間が掛かったけど、落ち着け私。
昔から私の悪い予感はよく当たる。
いいことは分からないけど悪いことばかり分かるのはどういうわけか。
雲行きが怪しいと思ったときは大抵大雨。
あまりよく寝れなかった。
理由はたくさんある。
まずは先生の不審な行動。
不審ってわけじゃないんだけど、少しおかしい。
まさか先生は私に隠して一人でこの事件を解決しようとしているのではないだろうか。
明日起きたら解決してたなんてことも想像に容易い。
あの人なら笑って「ホールなくなっちゃったみたいだね」とか言いそうだ。
先生なら心配ない。
先生は強いし頼りになるし、何より……。
でもこの胸騒ぎはなんだろう。
晴れの天気予報を信じて外に出たら、今にも雨が降りそうだった感じ。
降るわけないと思うけど、思わず傘を手にしてしまう。
エレベーターの階数表示にいらいらしながら、ドアが左右に開ききる前に走り出す。
ホテルを出る。
空は曇り空。
今にも雨が降り出しそう。
胸の鼓動が止まらない。
「先生―――。」
私は走り出す。
降らないと分かってる。
だけど傘を持っていってしまうのは―――。
空は曇天。
雨が降るかは微妙なライン。
25.
「ああああああああ!!」
「んんっ!」
デタラメな剣。
それがここに来て整い始めている。
バラバラの紙の束を揃えるように彼の剣は少しずつ形が揃ってきた。
彼はDUDSになった。
いや、前からDUDSだったが彼はどういうわけか世界とのつながりが薄かった。
そのお陰で彼の侵食はほとんどなかった。代わりに優れた身体能力も得られなかったが。
だが、彼は自分からそれを解放した。
細いホースに無理矢理多くの水を流して、ホース自体を太くしたというか。
だがそれは諸刃の剣。
もうじき彼も世界に呑みこまれるだろう。
「departure!!」
彼の剣の刃先が消える。
彼は気づいているだろうか。
僕の右腕はほとんど動かなくなった。
なぜか彼がDUDSと化したときから電源が切れた機械みたいに全く動かない。
加えて全身も重い。
血液が鉄にでも変わったみたいに全身が重かった。
それに引き換え彼の動きは軽い。
世界のバックアップを受けた彼は一時的とはいえ、手が付けられない。
今でこそこちらが優位に打ち合っているが、5分後にはどうなるか。
「triumph!!」
彼と距離を取るのと同時に、剣を消し4本のナイフを取り出す。
距離を詰める彼に向かって投擲する。
今の彼ならかわせるだろうが、今は少しでも時間を稼げれば十分。
創造するは何もないセカイ。
ナイフを投げると同時に言葉を紡ぐ。
せめてワンフレーズ―――。
「私は色―――」
真正面から突っ込んでくる彼はナイフを横にかわし・・・
「え?」
彼の体に4本のナイフが刺さる。
彼はかわさない。
最短距離で僕に詰め寄る!
ギィィン!!
正しい選択。
今の彼は不死身だった。
刺さったナイフを地面に投げ捨てながら僕に剣を振る。
打ち合う中でも彼の傷は着々と治っていく。
彼は分かっているのだろうか。
傷は無限に治るわけじゃない。
それを治せば治すほど世界への借金が増えていって、侵食が早まることを。
彼は既に一度死に至る傷を治している。
僕の読みではこのまま彼が力を解放し続ければあと3分と持たないだろう。
「ぐむっ!!」
彼は体を翻し、後退する。
すごい学習速度。
彼は僕の消える剣も克服しつつある。
消えるタイミングと現れるタイミング。これらを予知したかのように精確な反応を見せる。
せめて僕の状態が完全なら、彼を乖離させることも可能だろう。
だが今の僕は剣を出すのにもワードが必要なくらい弱っている。
原因は3つ。
ひとつは自分のDUDS化を防ぐための制限。
二つ目は前のヒューゴ君との戦いでの消耗。
そしてもう一つは彼の―――。
違うな。
僕は自分に嘘をついている。
手こずるような相手か?
結局のところ、僕はあまり乗り気じゃないみたいだ。
結論は先延ばし。まだ彼を見ていたいと思っている。
なぜだろうか。
彼の答えは―――。
「triumph!!」
持っている剣を捨て、新たな剣を呼ぶ。
普通のものより少し短いサーベル。
もう終わりにしよう。
どっちにしろハッピーエンドはやってこない。
僕が勝っても。
彼が勝っても。
彼はすぐに化け物じみた速さで間合いを詰める。
そして悪魔のような速度で振われるナイフを右手の剣で打ち返した。
「んんっ!!」
そして返す刀でその隙をつく。
「くそぉぉぉぉ!!」
彼は加速する。
ここにきて彼の速さは普通のDUDSを大きく上回っている。
だが、僕の剣は早い。
スピードの問題じゃない。
こと技術に置いては僕は彼の数段上を行く。
一撃繰り出すのに僕は100mトラックを一周。彼は400mトラックを一周走る。
僕はそれを10秒で走り、彼はそれに20秒。
そして今から繰り出すこれは―――。
僕は一足引き、間合いを取る。
3mほどの微妙な間合い。
このまま打つには遠すぎて、一足には近すぎる。
彼は強く踏み込む。
だが君にかわせるか。
左肩に担いだ剣を振り下ろす。
ガァァァン!
再び剣が悲鳴をあげる。
弾いたナイフはすぐさま軌道を変え、こちらに向かってくる。
力任せに振われるそれを、返す刀で弾き返す!
一瞬、昔の感覚が戻る。
今の僕は100mトラックを5秒で走る!
使ってなかった回路に電気を流すように。
使われてなかった蝋燭に火を灯すように。
剣が腕のように振われる感覚。
腕が剣のように振られる感覚。
何も考えずに――。
ギィィィィンッ!!!
彼が久しぶりに僕の剣をまともに受ける。
形勢は逆転した。
いや、もとよりこれが実力の差。
今の僕は彼が誰だか分からない。
回り続ける剣劇。
結果は明らかだった。
なんせ剣の一撃がナイフの一撃を速さで上回るのだ。
彼の剣は僕の剣より遅い。
防御なんて後追い。一閃前のを追うのだって精一杯。
彼は致命傷を避けながらも全身血まみれだ。
いくつか深いのもあるだろうが、そういうのは活動可能なレベルまで再生する。
それを何も考えずに打ち抜く!
何か考えれば僕は立ち止まってしまうから。
「がっ……」
彼の右の肩口から僕の剣が両断するように入る。
彼の動きが止まる。
そろそろか。
「set departure 」
小さく呟く。
動きの止まった彼の前で何度か剣を振う。
空を切る剣。
だが彼の目は既にそれを追うことをしていなかった。
9回ほど剣を振ったところで彼がよたよたと動き出す。
もう何も考えられなくなった、悪あがき。
僕はそれに背を向ける。
やっぱり僕は気が乗らないらしい。
君が死ぬのは見たくない。
「triumph」
吐き捨てるように呟く。
何もないところから現れる幾閃もの剣閃。
彼の体に華が咲いたように、赤い血を撒き散らしながら倒れる。
彼を斬ったのは先刻の剣劇。
僕は、剣閃さえ隔離する。
もう立ち上がれないだろう。
僕は公園の出口に足を向ける。
いくらこのホールが特別でも彼の体は限界だ。
そろそろ世界が徴収にやってくる。
彼の体は消え去り、僕の知らないところへ行くだろう。
彼女には何て言おうか。
僕は剣をしまおうとして振り返る。
彼はピクリとも動かない。
いいんだ。これで。
僕は死ねない。
DUDSでいることは苦しい。
このホールが消えたら彼はきっと苦しむだろう。
体から湧き上がるような衝動と自分の理想とで板ばさみ。
それならここで楽に死んだほうがいい。
彼の答えは僕が否定した。
「何も失わないなんてことはできないよ」
誰にでもなく言った。自分に言ったのかもしれない。
気づいたときには失っていて、失ったときには届かない。
だから諦めろ。
君の答えはどこにも届かない。
「な、なんだと……!」
僕は再び剣を構える。
少年はボロボロの体を抱えて立ち上がった。
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