23.



手にしたナイフの柄が汗で滑る。

投擲用だからだろうか。形状としては普通の短剣だが、柄は金属がむき出しで滑りやすくとてもじゃないが掴むようにはできてない。

俺は初めて刃物を手にした。

九堂亮伍はどうだかしらない。でも「    」にとっては間違いなく初めてだ。


コトーさんは隙だらけ。

俺がナイフを構えた途端、掲げた剣をだらりと下に下ろす。


もう何も言うことはない。

あんたが自分を守るために関係のない人を巻き込むっていうんなら、俺はあんたを止める。

最初から俺の戦う理由はそれだったし、コトーさんに協力すると言ったわけじゃない。


「どうした?こないのかい?」

コトーさんは余裕だ。

それはそうだろう。

何せ俺は素人だ。刃物の使い方はおろか、戦い方だって分からない。

でも―――。


「俺はあんたを止める」

強く地面を蹴る!

右、左、右、左、どっちが前になるのか分からないくらいの速さで間合いを掴む。

コトーさんは動かない。

俺は無防備な首筋にナイフを………


「あ―――ぐぅ」

背中に熱い感触。

冷たい鉄がなぞった後を熱い何かが追っていく。

俺は背中から斬られていた。


「単純すぎるね。捻りのない突攻」

そういいながら俺には見切れないスピードで倒れている俺に剣を繰り出す。

「くっ、」

ごろごろと転がるようにその場を離れる。


「まだだ!!」

俺は再び走り出す。

「だから君のは芸がないよ」

俺の出したナイフはあっさりとかわされ、代わりに左腕に剣を食らう。

剣劇は止まらない。

「下がるばかりじゃかわしてるとは言わないな」

必死に後ろに下がりながら、打点をずらして剣を重ねる。

それを追うようにコトーさんの剣が舞う。

俺よりずっと綺麗な剣閃。力強く無駄のない剣。

防ぎきれない。

そもそも俺とコトーさんじゃ天と地ほど技量が違う。

コトーさんのは戦う剣で、俺のは守ることすらできない剣。


反撃。反撃だ。

打たなければ打たれる。

もとより守るなんて器用なことは俺にはできない。

防ぐんじゃだめなんだ。

それじゃまた同じ一撃を食らってしまう。

誰かが言っていた。かわす一歩は次の攻撃の起点となる一歩にしろ、と。

今は遠い。誰か。


俺はコトーさんの斜め手前に左足をつき

「ぐああああ!!!」

地面すれすれで横になぎ払われる剣をかわす。

そして―――。

これが隙。

振り払った剣は返ってこない。

返す剣より、俺のが速い!


「もらったああ!!」




「遅いよ」

返って来たサーベルは俺のナイフを手から弾き飛ばす。

「発想は悪くない」

そう言って剣を振り下ろす。

「――――っ!」

俺は横にとび、地面に落ちたナイフを手にする。

そして構えたときにはコトーさんはいなくて……


「これが隙っていうんだよ」

後ろから聞こえる声と一緒に俺の体を鉄の塊が貫いた。



「――――ん、あ」

それは背中から入り骨を突き破り、ゴキゴキと鈍い音を立てて胸から生えてきた。



「ゲホッ!グッ……ハッ!!」

熱い塊が喉を逆流する。

目の前には俺に刺さった剣先が見える。

さっきまであの人が持ってた剣。

地面は真っ赤だった。

でもその赤は段々薄くなっていく。

頭がぼーっとしてふらふらと世界が揺れる。


剣はいつの間に抜かれたのか、もう胸から生える剣先は見えなかった。

言われて見れば胸元が少し寂しいことに気づく。


誰かが言った。死ぬ寸前はスローモーションになるんだと。

なんとかっていう物質が分泌されて、それで動きがスローに見えるんだと聞いたことがある。

視界の左端には俺の首を飛ばすように振われた剣が見えた。

それはまっすぐに地面と水平に振われる。

見入ってしまうほど綺麗で悲しい剣。


あと何秒かしたら俺は本当に死ぬんだろう。

死ぬってことは今まで何度も経験してきた。

慣れたとは言わないけど少し飽きた。

気が狂うような恐怖も、体が疼くような興奮もない。


俺は死ぬのか。

俺が死ぬのか。


俺は何も失わないんじゃないのか?

失うことも認めない。それを前提に戦うことも嫌だった。


もう間に合わないのか。

本当にもう届かないのか。




間近に迫る剣。

今は刃紋さえよく見える。




冗談だろ。

俺はまだ手を伸ばしてすらいないじゃないか!

間に合わないと思ったら間に合わない。

届かないと思ったら届かない。



間に合わないことだって届かないことだって、分かっていたことじゃないか。

だから俺の答えは答えじゃない。答えを出すための途中式。

辿り着けない途中式。

きっと答えは出ないけど、答えに向かって走り続ける。

だから俺の答えは強い。

辿り着けないからこそ今を否定されても前に進める。

何があっても負けない答え。






剣は俺の真上を掠めていった。

いや、正確には真下か。

右手にはあの人のナイフ。

俺は気づけば空にいた。

足が上で頭が下。

弧を描くようにコトーさんの上を反転する。

そのまま落下と同時にナイフを振う!


キィィィン!!

打ち合う剣が悲鳴を上げる!

完全の死角からの剣を真上に目でもあるあのように精確に受ける。

いつもそうだ。

コトーさんは強い。

俺が何度も作った必殺の状況もいとも容易く弾き返す。

だが―――。


俺は弾かれた勢いに任せ、6mほど距離を取る。

着地と同時に地面を蹴る。

さっきまでとは嘘のよう。

足は翼が生えたかのように軽い。

体も自分のものじゃないみたいに力が漲る!

今ならなんでもできる。

コトーさんの動きも見えるし、俺の動きは風より速い。

6mという距離は俺にとっては一足。



ギィィン!

速さに任せて繰り出すナイフ。

さっきまでとは違う。

速く、速く、速く、俺の理想がそのまま剣になる。

「ぐっ」

初めてコトーさんが声をあげる。


袈裟、逆胴、首筋、右目!

俺の攻撃は止まらない。


左腕上腕、右膝、左脇腹、左肩!


これが最後の攻撃だ。

ここで仕留められなければ……



剣と剣がぶつあり合う。

止まない鉄の音。

それは雨音のように果てのない剣劇。



俺は一歩深く、コトーさんに近づいた。

剣では届かないナイフの間合い。

コトーさんは下がりながら剣を振う。

それを空手の左手で受け止めて―――。


俺の右手は空いた左胸に吸い込まれるようにナイフを突き立てた。




「な―――」

体に走る激しい衝撃に無意識のうちに右に飛ぶ。

俺の左脇腹には赤い血がべっとりと付いていた。

防いだはずの左手は無傷。それでいて脇腹には剣が届いている。

そして突き立てたはずのコトーさんの左胸はコートさえ破れていない。


「今のはよかったよ。まさか自分から寿命を縮めるとは思わなかったよ。君はこれで完全にDUDSになった」

ゆっくりとそして影を引きずるようにこっちに向かってくる。

「言い忘れてたよ。僕は自由自在にものを消すことができる。その反対も簡単なんだ。君の剣は僕に届かないし、僕の剣は君に届く」


俺の傷はほとんど治っていた。


「さあ。世界に呑まれるのはそう遠くないぞ」


俺はナイフを構え、切っ先を地面にひきずるように地を走る。


剣技でも勝てない。

経験でも勝てない。

加えて相手は絶対ホームラン。投げては絶対に打てない消える魔球。



それでも俺は戦い続けるしかなかった。

走り続けることだけが俺の答えだったから。



絶対に打たれるとしても投げるしかない。

絶対に打てないとしてもバットを振るしかない。

俺にできるのは簡単なこと。

スリーアウトになるまでマウンドに上がって、バットに当たるまで振り続ける。





それが俺の答え。






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