16.
「くそっ!」
完全な劣勢。
背にした川が氾濫したようなもの。
「おい、コトー!一度ベースまで退くぞ」
「だめだ。これだけの数をベースまで連れて行くわけにはいかない。こいつらはここで堕とす」
戦況は圧倒的だった。
最初の情報では今回のホールは小規模のものだった。
本来ならばナンバーレスが派遣されることなどない。
だが最近の慢性的な人数不足。ヨーロッパ各地の立て続けに起こるホールの後始末にエージェントは追われていた。
とてもじゃないが、こんな距離的に離れた極東の地に彼らをよこす余裕などない。
それで僕達に白羽の矢が立った。
+
イメージに左右される僕達の職業は宗教色の影響を大きく受ける。
アジアにはアジアの宗教形態がある。またそれぞれの協会が縄張り争いをしていることもあり、僕達がヨーロッパを出ることはほとんどなかった。
しかしフリーの地域というものはある。
特定の協会が受け持つわけではない地域。
日本はそれにあたる。
たしか“院”というのがあったはずだが、彼らの技術は遅れている。進歩するホールに彼らは着いて行けないのだ。
僕の所属する協会はやたらにアジアに恩を売りたがる。手狭になった領地を広げるためだろう。植民地の再来。
“院”からのSOSが来たのは協会が自分の仕事さえもこなせないくらいてんてこ舞いの時だった。
正規の戦力をフルに使いきっている協会はそれでもその依頼を断らなかった。
ナンバーレスを使う。
それが上の決定だった。
協会にいるナンバーレスは時期によって上下するが10人に満たない。
そのうちの半分は既に各国に出動中。
だが全てを手放すほど協会の思い切りはよくない。
日本に派遣するのは3人。
それは十分な数だった。
日本にできたホールは小規模なものだった。
あれくらいなら3人でいっても十分におつりが来るだろう。
そう思っていた。
+
目の前には三百を越えるDUDSが並ぶ。
訂正しよう。見える範囲で三百だ。
「ミトゥナはどうした!?」
問うのは刈り上げた金髪のエージェント。バタク・シャーロック。僕より5つ年上だけど、ナンバーレスの中じゃ一番年が近い。筋肉質の冷蔵庫みたいな体。
「まだ中だ」
そういいながらも僕は前に並ぶ敵から目を離さない。
大型のDUDSが前に出る。
それに合わせるように僕はセカイから剣を取り出し走り出す―――。
右肩から袈裟に一閃。
返す剣で円を描くように片手持ちのサーベルを斬り上げる。
大人の胴回りほどありそうな腕を振り回すDUDSを2体、3体と斬り砕く。
右翼のDUDSが動き出す。小型、中型、30を越える。
バタクは左から現れるDUDSを片っ端から捻り切る。
僕は体勢を整え、さっき殺したDUDSから剣を引き抜こうとした。
「くっ!」
抜けない。収縮した筋肉は……と考えてる場合じゃない。
僕は抜こうと剣をあきらめ、右手にセカイから剣を呼ぶ!
「triumph!!」
さっきと同じ厚みのあるサーベルが現れる。
DUDSの第一波が距離を詰める!
僕は殺した。
視界に映る全てに剣を振り下ろし、動くもの全てに鉄塊を食らわせた。
10,20と屍を踏み越える。まあ元より生きてないだろうが。
「コトー!ミトゥナがやばい!急ぐぞ」
「わかってる!!」
そう言いながらさっきから前に進んでいない。
僕も同じ。10を殺せば20が現れ、20を殺せば30が現れる。
無限。
たしかに今回のホールは小規模だった。
だが根が深い。
とても濃密なホールは強いチカラを持つ。
一度完成すると手が付けられない。無限にDUDSを生成する。せめて夜じゃなければこうはならなかっただろうに。
だがそれだけではない。
「あッ!!」
目の前の三つ腕のDUDSの一撃を食らう。
斬り落とした筈の腕は斬った途端に生えていた。
「くそぉぉぉ!!!」
次々と斬撃を叩き込む。
剣は豆腐を切るように抵抗もなく切れていく。
だがその豆腐は切られたことを否定するように切ったそばから治っていく。
「ぐっ―――」
剣の腹で右からのDUDSの一撃を防ぐ。
防ぎきれない。こいつらは決して止まらない。
「異常だ。このホールは……」
いつしか僕達は囲まれていた
無限に現れるDUDSの群れ。
異常な再生能力。
全てはこのデタラメなホールが可能にする。
このままじゃジリ貧だ。勝ち目はない。倒れない相手に勝てる筈がない。朝まで粘れるだろうか。
やるしかないか。
剣を戻す。
右手から重さが消える。
「バタク。30秒時間をくれ」
僕は背後で戦う友に声を掛ける。
奴等を相手に30秒。
無理があった。
二人でフルに戦って手一杯で余りある。あふれる敵はこの一帯を取り囲む。
彼は身の丈ほどある剣を右肩に抱える。
「お前はいつも無茶を言う」
いい仲間。
彼は背中を任せられる数少ない友達だった。
僕は小さく礼を言って、目を瞑った。
周りから途切れることない海鳴りのような剣撃が響く。
僕は動かない。
彼が言うんだから大丈夫。
うち
そして裡の言葉を紡ぎて外に創り出す。
「―――私は色彩
、神鳴る色は空に響く」
僕達を取り囲むDUDSが一斉に襲い掛かる。
全ては逆らい、捩れ、歪曲す
「Neid,Verrat,Trennung」
彼の低い重みのある声が発せられる。
見なくても分かる。
彼のアーツは“歪曲”。支点を持たない歪曲は全てを捻じ切る螺旋。
おり
「―――私は風景、暮れる世界は空の澱」
どこかで鉄が砕ける音がした。
きっと彼の剣が奴等の鉄のように固い殻を打ち破ったのだろう。
彼の見上げるような大剣は岩だって叩き斬る。
「あああああ!!!!」
彼の叫び声がする。大砲のような咆哮。
彼はあまり声をあげない方だった。熱くクールにというのが彼の方針だった。
「―――私は旅人、澱を抱えし流転の王!」
もう声が聞こえなくなっていった。
水の中にいるみたい。
あらゆる音がピントを失う。
自分のセカイ。
何もないものを創り出す。
何もないセカイ。
あらゆる喧騒を静寂へ還す。
それが僕の世界。
そしてそれは最後の一文を持って容なき形となって現れる。
あまた れんごく
「失い、堕ちろ!! 許多隔てる煉獄の女王!!!」
閃光のように真っ白い光が辺りを覆った。
でもそれはイメージで実際には何も変わっちゃいない。
そこにあるのはいつもの街。
ただ、そこには数え切れないぐらいのDUDSや、雷鳴のような剣撃は消えていた。
全ては消えた。
僕が許さないものは消えていく。この世界を離れ、どこかに消えた。
ゆっくりと目を開ける。
そこには何も無かった。
前が見えなくなるくらいのDUDSの群れも消えていた。
目の前に石版のような剣の破片が突き刺さっていた。
彼はいつも自慢そうにこの剣を持っていた。
こんな重い剣を自由自在に振り回せるのは俺くらいだ。そんな言葉に僕はいつも苦笑いしていた。
「はぁ、はぁ……。コトー、時間は足りたか?」
背後から彼のベースのような声がした。
低くて岩みたいに重い声。
「ああ、十分だ。ありがとう親友」
僕は振り返らない。
「はぁ、はぁ……。そうか。……俺は少し休む。先に行っててくれ」
どしっと何かが落ちる音がした。
彼は僕と違って休むことが大嫌いだった。
常に走ってないと自分を確認できないタチだそうだ。
「分かった。僕一人じゃ大変なんだからバタクもちゃんと来てくれよ」
僕は歩き出す。
「そうだな。お前…一人じゃ…心許ない。お前は優しすぎるからな」
その言葉は耳にたこだった。聞き飽きた彼の言葉。
「じゃあ行くよ」
「ああ。ミトゥナを頼む」
聞き飽きた彼の言葉。
それを二度と忘れないようにしっかりと焼き付けて、僕は走り出した。
きっと僕は二度と彼の声を忘れない。
17.
先生は私に帰れと言った。
きっと彼と何か話すところがあるのだろう。
私には関係ない。
先生は変だった。
いつも変なんだけど、最近はいつにも増して変だった。
どこが、といわれても困る。
長い間付き合ってきた勘としか言いようがない。
見慣れたホテルに着く。
一流でもなく三流でもない普通のホテル。
私のとった部屋は8階。
エレベーターで8階に上がって、一番奥にあるのが私の部屋。
誰もいない廊下を通って、丈夫そうな鉄でできたドアの前に立ち、ごそごそとポケットから鍵を取り出す。
すんなりと入った鍵に任せ、中に入る。
部屋はしんと静まり返っており、暗くてとても寒かった。
私はまっすぐにベッドに倒れこむようにして仰向けに寝転んだ。
考えることはたくさんあった。
「私、これからどうなるんだろう」
つい、口を出る弱気な言葉。
おそらくこの試験にも私は受からないだろう。
今度こそはと覚悟を決めて望んだ試験だったが、まさか彼がいるとは思わなかった。
私の決意はどこえやら、またいつもの弱い自分に戻ってしまった。
私はいつからこんなに弱くなったのだろう。
ごろりと寝返りをうつ。
顔にかかる髪を払いながら再び考える。
私はこの試験に落ちると4回落ちたことになる。
そうなると次の試験は私は特別でもなんでもなくて、普通に卒業してきた人たちと一緒に試験を受けるんだろう。
そうなれば少しは楽になるだろうか。優等生というのは少し疲れる。
私は本当にエージェントになれるのだろうか。
最近はひしひしとその疑問を感じていた。
先生が彼を叱咤するたびにそれを自分に置き換える。
私も彼と変わらない。
私にも戦う理由は分からなかった。
失う理由も分からない。
何も分からないから、実際にやってみれば分かると思ったけど、何度やっても分からない。
私は―――。
今は分からなくても、いつか分かるんじゃないかと思った。
こうして常に戦場に立っていればいつか分かるんじゃないかと思った。
でも失うばかりで答えは帰ってこなかった。
あの日の答えは返ってこない。
だから私は彼に期待してしまうのだろう。
彼の答えが私に一番近いから。
18.
「ミトゥナ!!」
ちらっと見えた長いウェーブかかったブロンドヘアーに声を掛ける。
返答はあった気もしたし、なかったかもしれない。
ただ、僕の中ではどっちでもやることは変わらなかった。
「そこをどけぇぇぇ!!!!」
壁のように塞がるDUDSの群れを―――。
「departure!!」
一瞬にして乖離する。
だが敵の数は無限。
ホールに近づくにつれてその異常さは高まる。
一度開けた突破口も10秒もしないうちに閉じてしまう。
左右から現れるDUDSを適当に蹴散らしながら中へ進む。
「ミトゥナ!!」
今度こそ確信をもって呼んだ。
渦のようなDUDSの中で彼女は膝を折りながらも戦っていた。
乱舞する無数の水の刃。
“移動” “固定” “変化” “遡行”の絶妙のバランスで操る刃。
それは不定の剣。
僕を見ると彼女は自分を取り囲む檻のように水の刃を展開させた。
「コトー……。バタクは?」
座り込み、脇腹から赤黒い血を流しながら彼女は言う。
「バタクは後から来る。早くここを退くぞ」
彼女の手を引っ張る。
彼女は動かない。
「ごめん、コトー。私は後で行くから」
力なく笑う。
「何言ってんだ!こんなとこに置いてけるか!早く立て!走るぞ」
僕は強く彼女の右手を引っ張った。
「あ―――」
彼女はぺたんとまた座り込む。
そして彼女は僕の手を離した。
「ごめん。私、もう走れない」
「なんでっ―――」
走れないんだ!と言おうとして僕は息を呑んだ。
力なく笑う彼女を見る。
「へへへ。ドジしちゃった」
「馬鹿野郎………」
彼女の左足は既にそこについてなかった。
「くそっ!僕が治す!足の一本くらい!」
「だめ!!分かってるでしょ!ホールの中じゃ……」
僕達は簡単な治療を行うことはできる。
応急処置みたいなものだが、表面の傷は塞がるし何もしないよりはずっとマシだった。
やることはそんな難しくない。
傷のない状態をイメージして創り出す。
長くは続けられるものじゃないから、応急処置の域を出ないが、それでも戦闘においては十分だった。
でもホールでは別だ。
迂闊にチカラを使おうものなら、膨大なチカラが加わりそれを飲み込む。
足を元に戻そうとしたら、それはDUDSと変わらない。
つまりDUDSになる。
「いいから。コトー、先に行って。誰かが本部に連絡しなきゃいけない。みんなで仲良く死ぬわけには行かないの」
それは正論だった。
どこの戦場でもそうだが、僕達にとって情報は命だった。
今の状況だって元はといえば、それが原因なんだから。
「大丈夫だ。バタクを行かせた。問題はない」
「嘘ね。バタクはあなたを一人で行かせはしないわ」
「…………」
彼女の創った檻はもう壊れそうだった。
周りを囲むDUDSは次々と檻に穴を空ける。
彼女は息を切らしながら突破されないように穴を補修する。
檻の維持というのは消費が大きい。
彼女の使う4つのアーツを常に展開させないといけないから。
彼女はまた笑う。
「私があなたが入ってきた方向に穴を開けるわ。DUDSごと吹き飛ばす。だからその隙に……分かった?」
「…………分かった」
嫌とは言えなかった。
それは最善の方法で一番効率的で一番正しかった。
「コトー、いくよ」
彼女の言葉と共に、水の檻が胎動する。
脈打つように動きだす蒼い鉄。
「無形、不形、流動―――!」
草が茂るように展開された水の檻に流れが加わる。
彼女の一言一言が水に流れを与える。
無重力の川。それはさながら竜巻。
「無冠、不冠、収束―――!」
川は外れようと鋭く流れる。争う川を無理矢理に押さえ込む。
流れはさらに速度を速める。
「無天、不天―――コトー、まっすぐね」
僕は無言で頷く。
彼女はそれを見て柔らかく笑い、前を見つめる。
そして右腕を突き出し言った。
「反転!!!!」
それは解き放たれるように発散した。
弾丸のように飛んだそれは僕の目の前ではじけて流れる。
空を流れる川。
風すら巻き込む濁流、それは刃となりてDUDSを斬り飛ばす!
「行って!コトー!」
僕はぽっかりと空いた突破口に向かって走り出す。
走りながら少しだけ振り返る。
そこにはもう水の檻はなかった。
彼女は笑みを浮かべながら手を振る。
姿を取り戻したDUDSが動き出す。
僕はかまわず走る。
ここを離れて本部まで帰る。
犠牲は大きいけど無駄死にするわけにはいかない。
失うことには慣れている。
それが覚悟だから。
失う覚悟。
ギィィィィン!!!
右手に走る鈍い感触。
剣を伝って流れるそれは電流のように僕の体に走った。
「コトー!なんで……」
そのまま僕は目の前のDUDSの首を飛ばす。
右前方、左下、右後方!
一本じゃ足りないか。
セカイからもう一本同じ形状の剣を取り出す。
回転するように襲い掛かる腕、胸、足、首を飛ばす。
「はあ、はあ……」
DUDSは僕達を取り囲む。
「コトー!」
「分かってる。僕はここを離れて本部に連絡するんだろ」
「それなら――」
「悪いな」
剣を握りなおす。
失う覚悟。
僕は昔に失う覚悟をした。
どこにいても戦いはやってくる。
いつ何を失うか分からない。
だから僕はあの日、失う覚悟を決めた。
何かを失っても何かを守れるように。
失ったものを振り返るばかりじゃ前には進めない。
「ミトゥナ。今何時だ?」
「え?」
彼女は左腕を軽くまくり、時計を見る。
「3時半。だけど……」
朝までだ。
朝まで粘れば僕の勝ち。
僕は分かった振りしかできなかった。
何も失わないなんてできるはずがない。
だから失っても立ち止まらないように、失うことは当然だと自分に言い聞かせた。
だけどそれは分かった振りだったんだ。
結局、僕は変わっていない。
見捨てることも、見放すことも、何も選べはしない。
目の前の5,6体のDUDSが動き出す。
僕は柄が折れるくらいに強く剣を握りしめた。
敵は強い。
無限に増えるし、倒れることもない。
だけど僕は決めたんだ。
いや、ずっと前から決まっていたんだ。
下から斬り巻くように胴体を吹き飛ばす。
続くDUDSに狙いを定める。
何も失わない。
それがずっと僕の答えだった。
「コトー!コトー……」
彼女の声は涙声だった。
彼女の傷も重症だった。そっちも朝までもつか分からない。
「大丈夫だ。ヒーローはピンチに強いからね」
無心に剣を振るった。
こんなに重いとは思わなかった。
何かを守りながら戦うことは思っていたよりも大変だった。
背負うものが多すぎて、考えることが多すぎた。
だけど今はその重さが僕を勇気付ける。
この重さが消えない限り、僕は戦える。
「triumph!!」
折れた剣を捨て、新しい剣を呼び寄せる。
両手に現れる片手持ちのサーベル。
どれもこれも相当の名刀だが、それはあくまで人間相手。
彼らと戦えばそれは消耗品に成り下がる。
「だああああああ!!!」
両の剣を重ね合わせるように振い、体ごと回転しながら四方から迫る敵を切り崩す。
パキン。
板チョコみたいな音を立てて、左手に持った剣が折れる。
ふと振り返り彼女に襲い掛かろうとするDUDSに向かう。
「departure!!」
2体、3体とDUDSを乖離する。
「triumph!!」
再び剣を取り出す。
あと2本。
僕の剣は無限じゃない。
予め隔離したものを確立しているに過ぎない。
投擲の類の刃物は使い切ってしまったし、残るサーベルのストックはあと2本。
これが尽きたら………。
「departure!!」
向かってくる敵を乖離する。
こっちも限界が近い。
肉体強化の方にもまわしてるし、数十分前の大技。休みなしのアーツの連続使用。
磨耗する力。
先の見えた戦いには慣れていた。
僕はなまじ遠くが見える分、見たくないものまで見てしまう。
この戦いも結果は見えている。
無限に湧てくる不死身の敵に対して、いつまでもつか分からない負傷者一名と弾切れ寸前の僕。
残り時間はどんなに少なく見積もってもあと2時間。
このままじゃ後10分もつかどうか。
「triumph!!」
これが最後の2本。
これが折れたら……。
もうほとんどアーツは使えない。
さっきから無理が効いているのだろう。僕の中は空っぽだ。
左右から現れるDUDSの顔面に剣を突き刺し、抜いた剣で首を飛ばす。
「くそぉぉぉ!!」
さらに回転を増す剣舞。
それは削岩機のようにDUDSの体を削る。
両の剣は削岩する刃。
岩を斬り、砕き、落とす。
無限に続くと思われた剣舞。
「triumph!!」
折れた剣を捨て、剣を呼ぶ。
剣は来ない。
「くそっ!」
鉈のような爪をかわしながらミトゥナを抱えて横に飛ぶ。
弾切れ。
剣を主体に戦う僕にはそれは戦闘不能を意味した。
僕には他に武器はない。
手持ちのものは使い果たしたし、アーツだって満足に使えない。
終わりか。
死ぬことは怖くなかった。
それは失うことに慣れているせいだろうか。
戦場に立つだび、死への恐怖は磨耗する。
「コトー……もういいよ」
胸に抱えた彼女は言う。
きっと呆れているだろう。
せっかく助けたのに自分から死にに来たんだから。
結局、僕はまた失うんだ。
先生―――。
彼女は仕切りに答えを求めた。
何が正しくて、何が間違っているのか。
正しさを求めるなんて子供のうちだけだと思っていた。
大人になれば自然と押し付けられるようになって、正しいことができなくなるから。
だから分かった振りをして自分を騙し続けるしかないんだ。
僕は彼女の問いに答えられなかった。
ただ問い返すことしかできなかった。
それは彼女の問いは僕のと一緒で答えることはできないものだったから。
答えはあるかもしれないけど、答えることは難しい。
今の僕を見たら彼女は笑ってくれるだろうか。
僕は折れた剣の刀身を手にした。
刃は手に食い込んで、ポタポタと血が落ちる。
僕は失うことが嫌だった。
だから戦うことが嫌だった。
何も失いたくないから、何も落としたくないから、僕は戦うことが嫌だった。
もう嘘をつくのはやめよう。
僕は何も失えない。
失うことに耐えられない。
だから不器用にまっすぐ歩くことしかできない。
―――でもそれが僕の覚悟だから。
僕は左手で握った剣の破片で自分の右腕を突き刺した。
何度も、何度も、何度も、何度も………。
後ろからDUDSが襲い掛かる。
剣を口に銜えミトゥナを左腕に抱き、それを転がるようにしてかわす。
そして再び剣を左手に持ち、右腕を傷つける。
白い骨が見えていた。
腕の感覚はとうに麻痺してしまった。
一際大きく剣を振り上げ、右腕に突き刺す。
うまく骨にあたり、鉄板を捻ったような音がして骨を砕いた。
僕の右腕は薄皮一枚で胴と繋がっている。
それを静かに切り落とした。
ボトトト。ボタボタボタ。
たくさんの血と一緒に見慣れた右腕が地面に落ちる。
骨が少しだけ切ったところから飛び出している。
肉は汚らしく糸を引いて落ちた。
それが合図だったか、何匹ものDUDSが僕の右腕に向かって動き出す。
一番最初に辿り着いた奴を僕は右腕で掴み、握りつぶした。
次々と向かってくるDUDSを軽々と腕を振い弾き飛ばす。
飛んだDUDSは後ろにいるDUDSに当たり、砕けて消えた。
ミトゥナをそっと地面に下ろす。
僕は両手の感覚を確かめるように、握ったり力を込めたりしてみる。
雪崩のように襲い掛かるDUDSの群れ。
だけどもうお前らじゃ力不足だ。
僕は軽く右腕を振う。
衝撃となった断裂が周囲の壁にDUDSごと傷跡を残す。
一回、二回、三回……。
五回目を数える頃には立ち上がれる奴はいなかった。
すぐに奥から新しいDUDSが湧き出る。
僕は―――何も失いたくなかったんだ。
黎明は近い。
空は明るさを取り戻しつつある。
「朝だよ……。ミトゥナ」
彼女は答えない。
おかしいな。まだこんなに重いのに。
まだこんなに温かいのに。
まだ………。
何も失いたくなかった。
失いたくないものに限って、いともあっさりと指の隙間をすり抜ける。
僕は冷たくなった彼女を抱えて、薄暗い街を後にした。
求める答えは返信。
答えはついに返ってこなかった。
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