5.




店内が混んできた。

見える範囲では空いてる席は少なくなって、店員が右へ左へミツバチのようにテーブルの間を何度も往復する。

シャルは未練があるのかメニューを手から離さないし、コトーさんはちらほらと俺に世間話を持ちかける。

それにまったりと答えながら、、物言いたげなシャルと視線を合わせないようにおしぼりを取り出す。



「それじゃ、本当にコトーさんは先生なんですか」

他愛ない世間話はアカデミーというところの話に移っていった。

「もちろんさ、もう名教師であっちこっちから引っ張りだこさ」

まだ暑い夏の日差しを浴びながらコトーさんの眼鏡が夏の湖面のようにキラキラ光る。

「生徒は私一人です」

さっきから行動に謎の多い少女が話に加わる。思春期というやつだろうか。まだメニューを離さない。

「一人って、アカデミーってもしかして生徒いないんですか?」

「そんなことないです。先生の教えてる科目だけでも取っている人は600人を越えてます」

「600!それはすごいな。あれ?でもなんでコトーさんの生徒はシャル一人なのさ?」

「えーと、それはねぇ……」

珍しく口ごもるコトーさん。

「人気がないからです」

どこか不機嫌な様子のお姫様はいつにも増してきっぱりはっきり。

「そんなはっきり言わなくても……」

およよ、と泣き崩れるコトーさん。演技派だ。

「先生の授業は非常に適当なので人気がないのです」

「ああ、それ分かる」

俺自身、ここ何日かコトーさんの授業を受けているが、その手抜きな授業は片鱗を見せ始めている。

「僕は生徒の自主性を重視する方だから」

ピクッとシャルの動きが止まる。ああいう切り返しは好まないらしい。コトーさんの眼鏡が無事でいられるのもそう長くないだろうと思う。

「まだ来ないのですか?リョーゴ」

「俺に言われてもなあ」

頼んだものがすぐに出てこないことに苛立ちを示すお姫様。何かが気に入らないご様子。



それに苦笑死ながら窓の外を見る。

その時、俺はふと思った。

別に何か理由があったわけでもない。なんとなく口にした言葉。


「そういや、シャルはなんでエージェントになりたいんだ?」

「え?」











6.




「え?」

それは予想外の質問だった。

予期せぬ不意打ち。藪から棒。

「ああ、答えづらいならいいんだ。なんとなく君がどうしてエージェントになりたいのかなと思っただけさ」

先生はまたいつもの笑顔を見せる。

「なぜ……ですか」

初めて聞かれた。

そんなことを聞く人はいなかった。

それは当然。ここにいる人は生まれながらにエージェントを目指すものだ。それに対してエージェントになる理由を聞かれても困る。そんなのはなんで生きてるのかと聞かれるのと同じようなもので絶対の正解なんて持ってない。持ってるのは外向けのリボンのついた答えだけ。

きっとこの人はそんなことが聞きたいわけじゃない。世界の平和を守るとか、弱い人々を守るとかそういうことじゃないと思う。

「じゃあ先生はなんで教官になったんですか?エージェントにはならずに」

逆に尋ねてみる。そうだ、この世界ではエージェントにならない方が不自然なのだ。

「僕かい?僕は戦うのが嫌いだからさ」


いつもの平和主義。


先生は戦うことを嫌う。

戦闘戦術なんて戦うための術を教えているのに戦うことを嫌うなんてなんか変だ。

パンが嫌いなのにパン屋をやってるみたい。

いつも先生は言う。

戦場とは失う場所で、そこで得た名声も名誉も栄光も全ては失っているんだと。

私にはさっぱり意味が分からなかった。戦場で功績を上げて何を失うというのだろうか。


先生は失うことを嫌う。

いつも何も失いたくないと声を張り上げる。

そのくせ『失う覚悟はあるかい』なんて変なことを言う。

男女平等を謳いながら離婚裁判で慰謝料を取るみたい。


「僕はできれば君には戦ってほしくない。君はきっと後悔するから」


先生は私がエージェントになりたいと言うたびにそう言った。

私は一度も頷いたことはない。

私はエージェントになりたかった。

誰よりも強くなって戦場に立ちたかった。


あの教官はふざけてる。あんな奴に教わったら腐ってしまう。

みんな口をそろえて言った。

みんな違う人間なのに同じ意見を持つなんてなんかおかしかった。

みんなみんな言った。

あの教官は頭がおかしい。

みんな言うから私もそう思ったことがある。

だけどそれは違う。

あの人は誰よりも優しくて、誰よりも先生だ。


だから私は証明したかった。

一番になって証明したかった。









7.




これは墓穴を掘ってしまったのだろうか。

シャルは何も答えない。ただ俯いて話しづらそうに目をそらす。

「ああ、言いづらいならいいんだ。なんとなく気になっただけだから」

こっちはほんの世間話のつもりで言ったんだけど……。なんか悪いことをした気がするのは彼女のやけに弱そうな雰囲気のせいだろうか。

彼女は弱い。きっと折れそうなくらい弱いんだけど、その細い手で重くて大きい鉄の銃を握る。

俺はいつか彼女が支えきれなくなって、折れてしまいそうで怖い。



「はい、きのこ雑炊のお客様」

ちょうどいいタイミングに店員がやってくる。それに応じながらあつあつの雑炊を受け取る。

「うーん、やっぱり僕もきのこ雑炊にすればよかったかな」

コトーさんは親子丼とカレーライスのどちらをきのこ雑炊にするつもりだろう。


次々と注文したものが運ばれ、世間話は一時中断しコトーさん以外は黙々と食べる。あの人は器用なことに食べることとしゃべることが同時にできるらしい。

シャルもメニューを置きはしたものも、まだ何かあるらしくチラチラとおいたメニューに目をやる。

俺もコトーさんの話に耳を傾けながら雑炊をすする。



何もない平和な日。

今日はなんていうんだろ。きっとほのぼのとかそういう言葉が似合う日なんだと思う。

喧騒とか争いとかそういうのが無くて、すごい静かで落ち着く日。


落ち着きがないのは俺くらい。

俺は答えを出さなければならない。

このまま逃げたままだったら、いつか俺は後悔する。

今日だ。今日のうちに答えを出す。




サンドイッチを食べ終えるとシャルはオドオドと挙動不審になった。

何かあるんだろうけど、俺から助け舟は出さない。

今のシャルは何か知らないけど機嫌が悪い。

なかなか結論が出ない感じで焦ってる。下手に助け舟でも出すものならば船ごと沈められてしまうだろう。

俺は黙ってハンバーグステーキを切り分ける。

そわそわとシャルはメニューに手を伸ばす。

じーっとテーブルに置いたメニューを見つめ、手を口に当てて熟考のポーズ。

そして何か決心したようにキリッとした表情に戻る。

早押しクイズのようにボタンを押し、店員を呼び出す。



「はい?」

小走りでやってくる店員。


「チョ……チョコレートパフェ」


「かしこまりました」

そういって立ち去る店員。


「頼みたいなら最初から頼めばいいのに」

なんとなく察しがつきながらもからかってみる。

そうだな。やっぱりシャルのイメージにパフェは合わない。

アンバランスというか、高校生がランドセルを背負う感じ。

その辺は自覚があるだろうから、なかなか頼めなかったんだろう。

「いえ、別にそういうわけじゃなくてですね……」

必死の弁解。そんなんで騙されるのはどこかの暴力教師くらい。

「食べたくないのか」

「そうでもなくて……」

「だったら俺が食べようか?無理して食うことないぞ」



バーン!!


両の拳で机を叩くお姫様。

机の上のコップが重力に反して宙に浮く。


「はっはっは、デザートは最後ってことだろ?」

「そ、そうです!別に躊躇っていたわけではないのです!」


なるほど。いい家臣を持っている。









8.




それは初めての試験だった。

これに受かれば晴れて私はエージェント。


私が試験を受けると言ったとき、先生は止めなかった。

戦いは嫌いだし君が戦うのも嫌だけど、君が戦うなら応援するよ。賛成なのか反対なのかよく分からないことを言って私を送り出した。

私には受かる自信があった。

私はこの一年間でさらに大きくなった。

先生の授業はちょっと雑談が多いけど、とてもためになるものばかりだった。

アーツ自体の力も上がってるし、今の私には“隔離”と“確立”がある。鬼に金棒。

これで受からないはずがない。



任務は単純だった。

ホールの消滅から2年後の街が試験会場。

任務の内容はDUDSの残党狩り。候補生にとってはちょうどいいボリューム。

私はトップの成績で戦場を駆け抜けた。

もう合格は間違いない。



試験も最終日。

私はDUDSを探して街を歩く。

ちょうど人通りの少ない工場の密集したところを通り抜けるときだった。

足を止める。

ぴーんと張り詰めた空気が当たりを包む。

DUDS。

独特の世界の歪み。

私はあたりに注意を飛ばす。

そのまま動かずに時を待つ。


ガシャーン!!


一人のDUDSが襲い掛かってきた。

その爪は私に刺さることなく地面を貫く。

遅い。

スピードもパワーも三流。相手にならない。

私は相手の初撃をかわし、そのまま至近距離から2回引き金を引く。


「ギュアアアァァァァア!」

金属のコップが割れるような声を出しながら怪我を負ったDUDSは塀を飛び越え、工場の方へ逃げる。


「逃がすか!!」

すかさず私も後を追う。


塀を越え中に入る。




「あんたも候補生か」

そこには私と同じ候補生と思われる青年がそこにいた。

特に親しいわけでもなく、ここ何日か顔をあわせた程度。

「悪いな。獲物は横取りしちまったよ」

彼の足元にはさっきまで私が追っていたものがあった。


私は何も言わずにそこを去ろうとする。

ツイてない。

でもまだ時間はある。他のDUDSを探し出す。




ガチャン。




「――――!」

「――――!」


それは工場の奥から。

そしてその音の主は私達とは逆方向に走り始めた。

「チッ!目撃者か!」

彼は言うが早いか走り出す。

私も遅れて走り出す。


私の足はなぜか遅い。

さっき塀を越えたときはもっと軽かった。

さっきDUDS追ったときはもっと速かった。

何かが私を惑わせる。

何かが私に圧し掛かる。


「待て!」

彼は速い。

私はもっと速く走れるのに彼に追いつけない。


「誰か助けてくれ!殺される!」

逃げる男は喚き散らす。

「うるさいんだよ!」


ブグッ!!


低い音。

骨がずれたような鈍い音。

彼の剣が男の胸に突き刺さる。

「ぐっ、あ……」

男は膝から崩れ落ちる。

彼は剣を引き抜き、その剣で男の首を刎ねた。

それはだるま落としのように綺麗に地面を舐めるように飛んでいった。




ころころころ。


男の首はよく転がった。

赤い道標を残しながら。




ころころころ。


私はそれをただ眺めていた。

哀れみとか同情とか何も無くただ眺めていた。




ころころころ。


彼は血に濡れた剣を拭く。

私は全身血まみれだった。




ころころころ。


分からなくなった。

私はただ証明したかっただけなのだ。




ころころころ。




彼は言った。

エージェントはスーパーマンじゃない、と。

守るものは戒律と存在。

そこに自分より弱いものを守るとか、罪のない人を守るとかそういうのはなかった。

命令に従って、自分達の存在を隠す。そのためなら人殺しだって厭わない。




彼は言った。

僕はスーパーマンだからエージェントにはならない、と。

私はそんな正義感なんてないと思っていた。

そんなのは偽善で自己満足。明確な基準がないから私は嫌いだった。

命令に従って、自分達の存在を隠す。それでいいと思ってた。




彼は言った。

スーパーマンのいいところは自分勝手になれることだ、と。

救いたいものを救い、守りたいものを守る。

だから僕はスーパーマンなのさ、と彼は言った。

命令に従って、自分達の存在を隠す。そんなのは嫌だって言った。




私はスーパーマンじゃない。

だけどなんか嫌だった。

なぜ弱い人を殺すのか。なぜ罪のない人を殺すのか。

私の問いは遠い暗闇に消えていく。

答えは返って来ない。




求める答えは返信。


誰か答えてくれるんじゃないかと思った。







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