32.
彼の足音は段々遠くなっていった。
彼は僕の一番やって欲しかったことをやってくれた。
これは結局は僕の答えだった。彼は最期に僕の我が侭を聞いてくれたんだと思う。
僕がここを抑える間に彼女だけでも安全な場所に連れて行ってもらいたかった。
やっぱり戦いからは遠い方がいい。
僕が描くハッピーエンドにはちょっと足りないけれど、これでもきっと近いものが描けると思う。
元々100%の絵を書くのは無理なのだ。妥協して妥協して、その先に残ったものが結末だと思う。
あっちこっちをすり減らしながら、削りながらそうやって残ったものが最終回なんだろう。
そう考えれば僕はラッキーだったのかもしれない。
たしかに色んなものが無くなっていったけど、最期に大事なものを遺せた。
後、僕にできることは―――
「くそっ!死に底無いが!」
「まだ死なないさ」
僕の剣が彼の左肩にかする。
彼の攻撃は僕に当たらない。
僕にはアーツは効かない。全てのアーツは乖離し、無効化される。
体の傷はもう消えてしまった。
アーツだってまだ使える。むしろさっきより調子がいいくらい。
体が軽い。
今の僕ならなんでもできる。
力があふれる。
「―――私は色彩、神鳴る色は空に響く」
僕の色が世界を塗りつぶす。
セカイが世界を変えていく。
僕の時間は残り少ない。
33.
「―――私は色彩、神鳴る色は空に響く」
「詠唱か!?」
オレ達は世界の真理に自分の真理をぶつけて世界を捻じ曲げることができる。
ただそれにも限界はあり、ある程度以上のことはできないようになっている。
だが干渉の力を強める方法はいくつかある。
例えば適した場所・時間に行うこと。月を出したいと思ったら夜のがいい。
他にもイメージに適した物で行うこと。曲げるんだったら鉄の棒を曲げるよりも木の棒のが曲げやすい。
そして一番一般的なものは詠唱である。
むしろ誰でも最初はスペルの詠唱から始まるのだ。それによってイメージを確立する。
それは長さの違いはあれど、最も有効的なものである。
自分のイメージを固定し、言葉として発することで世界を従わせる。
また自分を無に近い状態――イメージに縛られることにより世界とのシンクロを深める。
理由は様々だが、アーツを使うには誰でも詠唱が必要になってくる。
だが自分の力量が上がるうちに得意なジャンルにおいては詠唱がなくても使えるようになってくる。それは偏に自分のイメージが強くなったからである。
そして普通、詠唱は短いものにする。
これは自分で決めるものだが、一番素直なものがいい。
あまり捻くれたものや関連性の薄いものは使いづらい。必ずそれを象徴する語が含まれる。
なぜ短いものにするのか。それは術者が無防備になるためで、自分のほとんどをひとつのイメージに固定するため意識が薄っぺらなのだ。
つまり戦闘においては個人で戦う場合、詠唱は多くても1フレーム、3フレーズ。できれば使いたくは無い。アーティストが一つに特化しようとするのもこのためである。
だが奴の場合は例外だった。
「―――私は風景、暮れる世界は空の澱」
コトーの周りがぐにゃりと音を立てるように歪む。
この一帯が奴のカラーになっている。
長すぎる詠唱。
オレの出した石柱が音もなく奴の前で消えていく。
あの詠唱を可能にするのは奴の能力にある。
優れた術者は何かしら詠唱中の時間を稼ぐものを持っているという。
相手を行動不能にしたり、使い魔と称される一時的な召還を行ったりそれは様々だ。
だが奴には最強の盾がある。
全てを無効化する謎の能力。
それがアーツによるものなのかどうかは分からない。ただ奴にはアーツは効かない。
だがそれは前回の戦いで分かっていたことだ。
「コトー、オレも何も学ばなかったわけじゃない」
オレは肩に背負った剣を取り出す。
何かの式典でもらった装飾がうるさいサーベル。
まさかこんなものを使うとは思わなかった。
「これでどうだ!!」
今度はアーツではない。形をもった確かな物質で斬りかかる。
「―――私は旅人、澱を抱えし流転の王」
奴の詠唱は止まらない。
剣は刃先がすり抜けるように消えていった。
コトーから離れると剣は再び形を取り戻す。
奴には物質だろうがなんだろうが関係ない。全てを消し去る。
奴はこれで3フレーム。奴はどこまでも常識外れだ。どこの誰がこんなにも長い詠唱を唱えようとするだろうか。
そしてそれを唱えられるだけの能力が奴にはある。
だがオレがこの前の戦いで学んだことはそれだけじゃない。
なんとなく予想はついていた。奴には全てのものが通らない。
この前だって奴はアーツを通した石柱。そしてただそれを崩しただけの岩の雪崩を両方とも消し去った。
つまり奴はアーツを無効化する何かと、それ以外の物を消し去る何かの2つの能力を使っているわけである。
少なくとも2つの側面を持った能力を使っている。
だとしたら―――。
「失い、堕ち――グッ!?」
オレの剣を初めて奴が受け止めた。
最強の盾か。脆いな。
連続して剣撃を叩き込む!
「君は賢いね」
「当たり前だ。オレは天才だ!!」
どんなものにも弱点はある。
つまりはこういうことだ。
奴は2つの能力を同時に使えない。
こうしてオレが石柱と剣で同時に攻撃すると奴には片方しか無効化できない。
崩れ始めた城壁。
オレは容赦しない。
34.
ヒューゴ・クラムスコイ。
彼が卒業したときは大騒ぎだった。
彼は卒業前からぐんぐん頭角を現し始め、いつのまにか天才と呼ばれていた。
アカデミーでは天才という言葉は意外と安い。
3年に一回は天才が現れる。本当の天才はそれから10年後にも呼ばれるものだけだ。
だが彼は10年後も呼ばれ続けるだろう。
彼は天才だ。その特異な能力のみならず、それまで鍛え上げてきたもの全てが高レベル。
3年後にはアカデミーで名前を知らないものはいなくなるだろう。
彼のすごいところはその能力にばかり目が行くが、実際はそれだけじゃない。
彼は頭が切れる。
その理解・解析能力も相当だが、彼は頭が切れる。
まさかこんな早くタネがバレるとは思わなかった。
僕は“乖離”と“隔離”は同時にできない。
そもそもこの二つは全くの別物なのだ。
複数のアーツを同時に展開するだけならそんなに難しくない。
だが僕のアーツはそれひとつひとつが複数のアーツと同等、それ以上の複雑な構造でできている。
それを2つ同時に展開するには明らかに容量不足。詠唱を持ってしてもできるかどうか。
剣では僕のが上か。
押し始めた剣劇。剣の腕なら僕の方が上だが……。
ギィィィン!!
ぐらりと上体を崩す僕を見逃すことなくしっかりと打ちにくる。
僕の体は限りなく万全だ。
右腕だって動くし、アーツだってほぼ制限なしに使うことができる。
ただ、時間が無い。
僕に残された時間はあとどれだけか分からない。
気を抜けば今にでも体は消えてしまうだろう。
それを抑えながら戦えば、当然傷は開くしアーツだって使えない。
それをギリギリのバランスで支えながら僕は戦わなくちゃならない。
彼らはちゃんと逃げられただろうか。
少なくとも僕は彼にはしばらくは動けないだけのダメージを与えなくてはならない。
できるか。この体で。
僕の体は泥人形。
動けば崩れる泥の体。
いつ崩れるか分からない。
そう、元より崩れるこの体。
ならば―――!
「―――私は色彩、それは全てを塗りつぶす」
これで終わりにしよう。
傷を塞ぎながら、アーツを使いながら戦う。
それはほとんど不可能なことだった。
もう僕の体は世界のチカラなくしては呼吸だってままならない。
だって僕はもう死んでいるんだから。
それを無理矢理電気を流して動かしているようなものだった。
さっき、最期のつもりで放とうとしたアーツは未完に終わった。
詠唱だけでもう僕の体はボロボロだった。
もう侵食は止まらない。
それはリミットの見えないカウントダウン。
そう、どうせカウントが見えないんだったら、最期の最期まであがいてやろう。
後は根競べ。
どれだけ世界を抑えられるか。
僕の周りに見えない壁ができていく。
これが僕の最期の城壁。
左手に剣を執る。
彼のうねる石の蛇を“乖離”しながら、距離を詰める!
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