17.




二人はそれぞれ家に帰した。

これからやることには二人は邪魔になるし、交渉を行う上でも障害になる。だから僕一人のがいい。

再び街に出る。今回のは巡回ではない。目的地は分かっている。そこへ向かうだけだ。

駅前に出た。

このような人通りの多いところでは普通僕達の出番はない。だが彼は高いところを好む。このあたりで一番高い建物は駅前のロードピークタワーと言われる最近流行の高層ビル。

前回のホールから一年が立つ。あの時の災害を受けたこの街は未だにその傷跡を残す。

だが壊れた建物を直すより、新しいビルなどを建てることを選んだ場所もある。この場所もそのひとつだ。

駅前のビルはほとんどが工事中だが、目立つものだけで片手では数え切れない。

ビルが街に立つ墓標だと言ったのは誰だったか。うまく例えるものだと感心する。

ちょうど目の前に立つこのビルも一年前の犠牲者への慰霊碑にも見えなくない。

このビルはまだできていない。開発段階ではこの辺りでは4番目に高いビルになる予定だが、今の段階では一番高いのだ。

日付は変わり、もうじき朝になろうとしている。

僕はその上で待つであろう彼との交渉のために、しゃれた慰霊碑の扉を開けた。






18.




何か来た。

ふと自分のテリトリーに異変を感じ、オレはビル全体に注意を飛ばす。

「誰だ?DUDSじゃない。同業か?」

同業だとするならばこの街には一人しかいない、彼女だ。

だが、彼女はこんな真似をするだろうか。

相手のテリトリーで戦うことの無意味さを知らないわけでもあるまい。だいたい、この前は自分のテリトリーに置いても負けているのだ。そうなると尚更ここに来た理由が分からない。

考えているうちに、その気配は少しずつ上に向かってくる。

まあ誰だろうと構わない。来るなら来い。

オレは天才ヒューゴ・クラムスコイ。万に一つも負けはしない。







19.




チーン。

作業用のエレベーターにしてはいい音を立てる。

エレベーターは屋上まで来ると自然に止まった。

ドアが開き、ひんやりとした夜風と共にガランとしたコンクリートが一面に広がる。

鉄骨や、袋に入ったコンクリートなどが無秩序に積み上げられ、まだこのビルが未完成であることを主張する。

そして彼―――ヒューゴ・クラムスコイがそこにいた。

「やあ、今日もいい天気だね」

できるだけ何気なく話しかける。

「こんな夜更けに誰だろうと思ったら、懐かしきコトー先生じゃないか」

運命だね、と言って彼は両手を広げる。

「覚えていてくれたとは光栄だよ。君はあの後一度も着てくれなかったし」

「ああ。先生の授業は受けても無駄そうだったので、休ませていただきました」

たっぷりの皮肉を込めて彼はいう。

「それよりなんですか?あなたがここにいるなんて何かあったのですか?」

「なに、ちょっと教え子の試験監督として来たんだけど、その子が赤毛の子に襲われたと聞いて一言注意をと思ってきたのさ」

風が一層強く吹き荒れた。

「そうかそうか。あなたはまだ教官をやってらしたんですね。もうとっくの昔に解雇されたものだと思いましたよ」

「ははは、教え子を残しては去れないさ」

「教え子というのはシャルのことですか?」

相手は先輩。だがあのダメ教官に頭を下げるなどはできない。あくまで彼は慇懃無礼な態度を取る。

「よく知ってるね。そうだよ」

「彼女とは違う授業で一緒だったので」

取る授業はひとつではない。好きな科目を必要なだけ取るのがアカデミーの基本システム。

「それでなんで彼女を襲ったのかな」

自然と語尾に静かな怒気がこもる。

「なんで?先生は知らないようですね。彼女はDUDSを生成したんですよ。立派な戒律違反ですよ」

少年はとぼけた風に方をすくめる。

「でも彼女は候補生だ。たとえ君が言ったことが本当でも責任の半分は僕にある。そうなると死罪というのはやりすぎじゃないのかな」

また強く風が吹いた。このような高い場所で吹く風は地上の比ではない。出す声は相手まで届かない。

しばらくして風がやみ、彼は口を開いた。

「そうですか。死罪はやりすぎですか」

その声は既に僕に向けられたものではなかった。

「しょうがないな。戒律に背いた者を擁護したコトー先生はたまたま居合わせた休暇中のエージェント、ヒューゴ・クラムスコイに粛清される」

さりげなくクラムスコイに韻を置く。

「また粛清か?仲間殺しもここまで来ると勲章でももらえそうだね」

「仲間殺しとは心外だな。オレは背いた者を罰するだけさ」

「ここ何日か君の今までの戦績を調べさせてもらった。」

僕は彼の言葉を最後まで聞くことなく言葉を被せる。

「ああ、それはすばらしかっただろう?」

彼は悪びれた様子もなく言う。

「ラヴィナ、スキッド、ロウ……」

「誰だい?そいつらは?」

「みんないい奴だった。ラヴィナはいつもパンをおごってくれたし、スキッドの結婚式には僕が仲人を務めたし、ロウは必ず誕生日には一緒になって祝ってくれる」

「だからなんだっていうんだ?いいからなぜここに来た」

彼の言葉に自分が昂ぶっているのが分かる。

僕は彼を許さない。

だけど僕は交渉にきた。

交渉だ。

この街のホールを抑えるには彼の力がいる。

だから彼とは交渉しなければならない。

たとえどんなに気に入らない奴でも、僕は戦わない。

彼には説明して話し合って協力してもらう。そう決めたんだ。


「ヒューゴ君。僕は君と話をしに来た。僕達と協力して欲しい。君だってこの街の異常には気づいているだろう?」

彼は答えない。

「いいかい?僕と君とでこの街の原因を探り、それを見つけ次第本部に連絡する――」

「それで手柄は他のエージェントが持っていくと。協力?何ふざけたこと言ってんだ。オレはお前と組む気なんてないよ」

言葉の端々に敵意が見て取れる。

「忘れたのか?お前も粛清対象だ」

「ヒューゴ君、今はそういうことを言ってる場合じゃ――」

「言ってる場合なんだよ先生。オレはお前ら二人を粛清して、この街のホールを潰して本部に帰る。そうすれば学派だってもらえるかもしれない」

「――――」


彼は変わった。

昔はこうじゃなかった。

もっとひたむきでまっすぐに努力する人間だった。


「もう一度言うよ。僕に協力して欲しい」

「ああ構わないさ」

そう言いながら彼は地面から槍を取り出す。

「ただその首は置いていけ。そんなに街が救いたきゃ、それと引き換えにオレがやってやる」

穂先を僕に向けながら彼は言い放った。




「ヒューゴ君、君は変わったね」

僕は言えなかったそれを言った。これを言ってしまうと本当に変わっちゃいそうで言いたくなかったんだ。

「変わったさ。オレは誰もが認めるくらい偉くなる。そう決めたんだよ」


風が一層冷たく感じた。









20.




オレは槍を取り出した。

もう話すことなんてない。目の前にいる男を殺して、シャルを殺して、ホールを潰して手柄は全部オレがもらう。

「先生、潔く死んだらどうだ?ここはオレのテリトリー。教官も満足にできねえアンタなんか敵じゃないんだぜ」

「ははは、それはできないよ。まだ30にもなってないんだ。僕は60まで生きるつもりだからね」

そう、ここはオレのテリトリー。ましてや相手はエージェントですらないただの教官。教官なんて知識こそあれ、普通の人間に毛が生えた程度。目を瞑っていても倒せる。

でもそれじゃ面白くない。オレはこいつを屈服させたい。

協力だのなんだのうるさいこいつを黙らせたい。


そしてオレはちょっとしたゲームを思いついた。


「先生、このままアンタを殺すのは簡単だが、一つハンデをあげようと思う」

「それはありがたいね」

どこまで本気なのか分からないコトーは笑いながらオレの話に応じる。

「ここはオレのテリトリーだ。ここじゃアンタはどうやったって勝ち目はない」

「君が言うならそうだろうね」

余裕なのか頭がおかしいのかコトーは構える素振りすらしない。

「だから最初のアンタのアーツを撃たせてやろうと思う。もちろんタダで受けようとは思わない。僕はアンタと同じアーツで迎撃する。だけどこれはアンタにとってはすごく有利な条件だ」

「そうだね。君は僕のアーツを判別して、それが出てから出すことになるね。そうなると僕にはすごい有利みたいだね」

「どうだい?面白いだろう?さあ“転移”でも“回転”でもなんでも構わないよ。なんならロングスペルの類でもいいさ」

コトーが何をやっても変わらない。だってここはオレのテリトリー。アーツの発動に関してはそうでなくてもオレには特異な能力がある。殊に速さにおいては後から発動させようとオレに分がある。

「さあ早く仕掛けないと―――」


ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン……!!


「なに!?」

後ろから聞きなれた轟音が響く。


「早く仕掛けないとどうなるんだい?」

振り向けば数え切れないくらいの石柱が立っていた。








21.




それはありえない光景だった。

普通アーツというのは専門と呼ばれる得意分野がある。オレの場合は“変化”。これにかけては数ランク上のエージェントだってオレにはかなわない。それが生まれもった特性というものだ。

他にもオレには特異な能力もある。その場を見た瞬間に自分のテリトリーにする力。もちろん自分のテリトリーではその力も増す。普通の調律者が1のアーツを組む間に俺は100のアーツを組んでみせる。

だからこれはゲームだった。

相手はただの教官。教官というのは戦闘指導を受けていない。ただアーツについて知っていてそれがちょこっと使える程度。そんなのが相手だったらそれこそアーツを組まなくても勝てる。


だが、コトーは違った。

今アイツがやったアーツは“変化”。しかもオレのにわざと似せやがった。しかもあの数と規模。オレだってテリトリーが無かったらどうしても2,3の詠唱は必要になってくる。

それをコトーはオレのような特異能力もなく、自分のテリトリーでもない場所で、一つの詠唱もなく、一瞬にしてそれを成した。

分からない。

分からない。

お前は何者なんだ。


「何をしたー!コトー!」

もうゲームなんて終わりだ。オレは四方八方から石柱を作り出し、そのまま力任せに奴にぶつけた。

轟々と砂煙を上げながら蛇のように唸る石柱は目標を押しつぶす。

さっきまでコトーのいた場所にはもう床なんてものはなく、無数の石柱が下の階まで突き刺さる。

「やったか」

なにせオレの全力のアーツだ。これには追いつけ――

「どうしたんだい?ヒューゴ君。どうやら君の攻撃は当たらなかったようだけど」

そういいながらコトーはオレの後ろに現れる。

「なぜだ!お前は何者だ!?」

そうだ。オレは天才。オレに勝てるエージェントなんて……。

「僕は教官さ」

「馬鹿を言うな!お前のような教官がいるか!」

いるはずがない。いるはずがないのだ。こんな出鱈目な……。

そこまで考えて俺は考えるのをやめた。

そうだ。オレはアイツが何者だって関係ない。


「そうか。お前は只者じゃないことが分かった。侮ってたよ」

「それはありがとう。君はお世辞は言わない子だからね」

こいつはこの状況においても相変わらず笑っている。

その笑顔が気に食わない。

だから潰してやる。

全力だ。次は全力で行く。


ダンダンダンダンダンダンダンダンダン……!!

逃げ場がないくらいの石柱を作り出す。視界が全て石柱に埋まる。

この場所なら作り出せる石柱は全部で189。それを同時に作り奴にぶつける。

アーツというのは何かを媒介にするものがほとんど。そして相手が媒介にしたものは基本的に媒介にはできない。

よってアーティスト同士の戦いは陣取りゲームのようなものである。

いかに自分のテリトリーに引き込み、相手のアーツを無効化するか。それにかかっている。

そしてこの辺一帯は俺のテリトリー。だから俺が本気になればコトーに操れるものなんてない。全てがオレの媒介。

つまり迎撃なんてできるはずがない。




「死ね!コトーーーー!!!!」



無数。それこそ無数の石柱がコトーに襲い掛かる。

かわせないぞ。今度は。

乱れ撃つ石柱はあらゆる角度から奴を狙う。

ましてや奴には使える媒介がない。

だったら……。



「素直じゃないな」

そういうとコトーは自分の周りにオレと同じ石柱を展開させる。

ダンダンダンダンダンダンダンダン……!!


なるほど。あらかじめ自分の周りにアーツを展開させていたか。

だが。



「遅い!遅い!遅い!」

次々と石柱を次ぎこむ。その数は100を越える。

奴の立っているところから岩と岩が激しくぶつかる音が無限に響く。


なのに……

「お前は化け物か」

休み無くほぼ同時に繰り出す全方位の石柱にアイツはオレから目を離すことなく石柱を展開させる。

手数ではこっちが上なのだ。アイツが一度に放てる石柱は10が限度。だが俺は200弱。

なのに押し切れない。

つまりアイツは俺の20倍の速度で石柱を創りだしていることになる。



ダンダンダンダンダン!!



これで打ち止めだ。


「ふう、それで協力する気になったかね」

コトーはその場から動くことはない。あの場にいながらにして石柱の嵐を防ぎきったのだ。

だが、まだ終わってはいない。


「コトー!油断したな!」

そう、手数の多さはここに生きる!

奴に軌道をずらされ、立ち並んだ石柱は一瞬にして岩に戻る。

オレはコトーの周りに残った石柱を解除させた。

あの石柱の嵐がコトーに通じないことはわかっていた。アイツはなぜか知らないが強い。

最初の腕比べの時のスピードも尋常じゃなかった。

だからこれくらいは予想の範疇。この石柱の嵐はそれを踏まえたニ段構え。

打ち落とされた石柱は姿を崩し、土砂崩れとなって奴に襲い掛かる!

これはかわせない。

逃げ場がないのだ。

さっきの石柱だって全てを奴に向けたわけじゃない。そのいくつかはこれのためにコトーの周りに出したまま止めておいた。


コトーは逃げようとしない。

頭上から降り注ぐ土石流の中で動くことなく、俺から目を離さない。


ガンガン!ドシャ!!ガンガンガン!


コトーのいた場所は岩山のようになっていた。



なっているはずだった。



「やっぱり君は頭がいい。機転も利くし戦いなれている」


だからお前は……何者なんだ。


「だが準備がよすぎるのが玉にキズだね。それじゃ相手にも読まれてしまう」

読んだ?違う。あれは読んでいてもかわせるはずがない。

コト−はたしかに岩の流れそのものを消した。

なぜなら、降り積もるはずの石柱の欠片が一片たりともそこにはない。

「なぜだ?なんで消えたんだ……。そんな能力は聞いたことがない。アンタ何をやった?」

「僕は昔から陣取りゲームでは負け知らずなんだよ。君と同じでね」

「な、まさか!!」

つまり、アイツもオレと同じ特異性を持っている。

言うなれば、オレもコトーも反則だ。

オセロで言えばオレは全てを自分の色に変えることができる。

つまりオレは全ての場所をテリトリーにするが、奴にはそれが通じない。

アイツはオレが変えた色も変えなかった色も―――白も黒も奴のもの。

だからアイツはオレがどれだけ陣地を奪おうと関係ないんだ。オレにとっての陣地はアイツの陣地なのだから。


「媒介を媒介にするってことか」

「まあ一瞬しかできないけどね」

でもそれだけではないはずだ。

奴のいうとおりそれが一瞬だと言うならほとんどのアーツは使えない。“変化”しかり“移動”しかり、全てはある程度の時間が必要となってくる。それは当然。そうでなければたいした効果は与えられない。

加えてコトーができるのはアーツの上塗り。オレの上に自分のアーツを展開させている。

そうなると、奴のアーツ自体にタネがあることになる。

だったら奴がオレの媒介にかけたアーツはなんなんだ。一瞬で効果が現れ、尚且つそれを消すなんて芸当ができるアーツなんてあるわけない。


「おい、じゃあどうやってあれを消したんだ」

オレの敵意は一時的に消えていた。

今は知りたい。

知りたかった。そのカラクリを。


それが分かったのかコトーは


「企業秘密さ」


などと、ふざけたことを言いやがった。







22.




「はあ」

家に向かいながら今日一日をざっと振り返ってみた。


俺はやっぱりコトーさん達と行動することに決めたのだった。

あれだけ一人でなんとかしようとか思っていたが、そんなのは俺の得意な逃げだった。

俺はあの非日常から逃げ出したかったのかもしれない。

あそこから逃げれば自分がDUDSなんていう事実からも逃げられると思っていた。


だから俺は逃げるのをやめた。

気づけばいつもいつも逃げてばかりだった。

記憶喪失という事実からも逃げ、思い出す必要はないんじゃないかと思い始めた。

コト−さんの条件からも逃げ、答えを出す必要はないんじゃないかと思った。

そして気づけば全てから逃げ、全部から逃げていた。


コトーさんは俺の答えに納得しなかった。

それは俺の答えが間違っていたんじゃなくて、きっと俺の中途半端が気に食わなかったのだろう。

あの答えは結局は逃げた果ての産物。そんな答えは雲のように軽くて、どんな色よりも薄かった。

そうだ。なんで俺は逃げたのか。


俺はあの公園で待つことにした。

街を歩いてもよかったが、それじゃいつ見つかるか分からない。

あの日だって彼女は公園にいたし、それはコトーさんとの待ち合わせだったと彼女は言った。

だから今日もここに来るはずだ。


そして時計の針など気にならなくなり、いっそ朝まで待ってやろうと思ったとき


「おっ、早かったね」

あの人がやってきた。



コトーさんはやっぱり俺に答えを聞いた。

でも俺には他の答えなんてない。

失うようなことにはさせない。

それがたとえ逃げた先にあるものだとしても俺はそれを貫きたかった。

だから言った。

「俺はそんな覚悟はしない。俺は失うことを前提には戦えない」と。

彼が否定したものと同じ答え。

だけど今度は違う。

俺はあの問いに向き合って答えた。

今までは解答欄は空白だった。

答えが分からなくって、結局途中でやめてしまった。

だけど今度は違う。

俺は途中でやめた答えを解答欄に書くことにした。

やっぱり空欄よりは見栄えがいい。

それに満足したのか、先生はマルはくれなかったがバツをつけることもしなかった。


それが今出せる俺の精一杯の答え。

まだ変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。

変わる必要があるかもしれないし、ないかもしれない。

だけど空欄じゃ格好悪いから俺は答えを書くことにした。





第三話 空繰翳天/I am right 


>あとがき




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