9.
「DUDS!?」
ばーん、と勢いよく机を叩く。
「聞き覚えがあるのかい?」
聞き覚えがあるも何も――まず落ち着こう。
「DUDSって何なんですか?」
深くソファーに座りなおし、コトーさんをまっすぐ見て尋ねる。
「DUDSっていうのは一般的に不発弾とか出来損ないとかそういう意味があるね」
そういえばアイツもしきりに俺のことを出来損ないって言ってたっけ。あれはただ気に入らないからだと思ってたけど。
「例えば右腕がなくなったとしよう。それがホールの影響によって右腕がまた生えてくる」
うんうん。それは世界による強制。
「ところがこの右腕は依然のものとは違う。それはたしかに同じ人のものだけどそれは違うんだ」
ん?よく分からない。生えてきたのならそれは本人のものではないのだろうか?
「つまりはレンタルなんだよ。世界は腕を与えたわけじゃなくて、腕が生えるだけのチカラを与えたんだ。だからその腕はある意味そのチカラでできている」
「それって中身がないってことですか?」
「うーん、物質的には同じだよ。普通の腕と。ただ中身がないっていう表現はいいね。そう、それは世界のチカラでできてるが故に世界と共有していることになる」
「それでレンタル?」
「それもあるんだけど……。ホールの状態にあるときに右腕が無い人は右腕を手に入れた。ここまではいいよね?」
今までの内容を振り返りながら頷く。
「でもこのホールがなくなっちゃったらどうする?」
「ホールが?」
「いずれは均一になっていくものだからね」
そうなると……
「あ!」
「そう。だからレンタル。その生えた腕は世界に返される。だがそれは腕だけじゃなく全身に腕を生えさせるエネルギーを渡したんだから腕だけにはとどまらない」
そうか……。
「利子は大きいのさ」
10.
机の上の干物はそのほとんどが彼女の手に渡っていた。
「それって腕ごと世界に飲み込まれるってことですか?」
「そうだね。少しずつ蝕まれていく」
だけどね、と話を続ける。
「人間は本能でそれを防ごうとするんだ」
防衛本能だね、とコトーさんは勝手に頷く。
「もし亮伍君ならどうする?」
「世界に飲み込まれないためにですか……」
うーん、考えるけど浮かんでこない。きっとコトーさんも答えは求めていないだろう。
「答えは一般的に2つある」
「2つ?」
「一つは常にホールに居続ける。これなら侵食は起きない」
チカラが足りなくなると世界はチカラを貸し与えた人間から徴収しようとする。つまりチカラが常に満ちている場所―――ホールならそれが起きない。
「でもホールは無くなるんでしょ?」
「ああ。だけど―――。これは今は関係ないから省くとしよう」
何か言いかけるとコトーさんはそれを否定した。
少し気になったがコトーさんが関係ないっていうならそうなんだろう。
「二つ目は、ないなら奪うのさ」
「奪う?」
「足りないものを奪ってくる。平たく言えば、自分の右腕が足りないなら他の人の右腕を奪ってくればいい。そうすれば世界への借金もチャラ。侵食は起きない」
元手をゼロにすることで徴収を免れるということか。
借金返済。
「そんなことできるんですか?」
「可能性はとてつもなく低い。自分に合う腕なんてそうはないからね。肉体的なものは世界がサポートしてくれるが根底が違うんだ。どうあっても元々誰々の腕でしたっていう情報は消えないんだ。話すとややこしいけど、所詮は人の腕ということになる。だから上手くいっても大抵、長くは保たなくて他の腕に代えたりする」
すっかり冷めたお茶をすするコトーさん。
「それがDUDSの正体。失ったものを求めるあまり奪うことに妄執する者。右腕が無ければ右腕を、左腕が無ければ左腕を集めるコレクター」
そして俺はわかりきったことを聞く。
「じゃあ最近の殺人事件って」
「DUDSの仕業だろう。それも複数の」
コトーさんは事も無げに言った。
11.
この事件がDUDSの仕業。
今起こっている殺人事件が全部そいつらの仕業だというなら……。
「コトーさん、それって止めることはできないんですか?」
やっぱりそれを聞いてしまう。答えに察しはつくけれど。
「DUDSを全部排除する。それしかないね。ん?まさか亮伍君、DUDSを倒すとか言わないよね?」
「え?」
正にそう思っていた。俺はそう正義感の強い方だとは思わないけど、やっぱり知ってしまった以上どうにかしなきゃいけない義務があると思う。誰だって爆弾の入ったバッグを手にしたら放っておけないだろう。
「DUDSっていうのはね、もう人間であって人間じゃないんだよ。なんていうのかなあ。まず身体能力が上がってる。そりゃあ世界からの供給があるんだから、やりたい放題さ。本来なら人間の体なんてそんな莫大なエネルギーは保てないんだけど、DUDSはそのチカラを使って肉体も強化しちゃってるからね」
砲身も丈夫だから強い弾が撃てるということだろう。コトーさんのように頭の中で例えてみる。
「それに回復能力もすごい。腕が生えるような連中だよ。多少の怪我はすぐに治ってしまう。どうだい?これでもなんとかするかい?」
「……。それって無敵じゃないですか。強くて傷も回復するなら……」
勝ち目がないじゃないかと言いたかった。
「無敵さ。期間限定、地域限定だけどね。だけどそれはあくまで限定された条件の中でになってくる。だったらその条件を取ってしまえばいい」
「ホールから追い出すってことですか?」
「それも一つ。でもそれは難しいだろう。彼らは僕達よりチカラには敏感なんだ。滅多なことでは外に出ないさ」
自分から死に行く馬鹿はいないだろう?とすっかり少なくなった干物に手を伸ばすコトーさん。
「他に方法はないんですか?」
「色々あるよ。例えば、DUDSにものすごい大きな怪我を負わせる。するとどうなると思う?」
「治るんでしょ?」
さっきそういう話をしたばっかだ。DUDSは足をもごうが腕を潰そうが生えてくる。
「治るとも。でもそれは無限に治るわけじゃない」
「違うんですか?」
「これはあくまで世界からの供給されたエネルギーで治ってる……うーん、足りない分をエネルギーで補っていると思えばいい。例えば右腕のないDUDSが居る。そしてこいつの左腕を切り落とすのに成功するとする。そうなるとどうなる?」
「また生えてくるんじゃないんですか」
「そうだね。また生えてくる。世界のチカラを使ってね」
「ん?ってことは?」
「世界のチカラは有限だが僕達にとっては無限だ。だがDUDSはどうしても人間の枠を超えられない。つまり所詮は有限の枠の中の無限。結局はその力もレンタルなんだ。どんなに体が強くなっても傷が治っても、それは元手が増えるだけ。チカラを借りれば借りるほど侵食の速度は上がり、自分の首を絞めることになる」
「それなら案外簡単に倒せるんじゃないんですか?」
俺にはなんか楽観的に思えてきた。
「それだったら僕達はとっくの昔にプー太郎だよ」
はっはっはと笑いながら手を組む。
「一筋縄で行かないから僕達がいる。そうだなぁ。僕達の仕事は世界の偏りを直すことなんだけど、その中には偏りによって生じる事故を防ぐことも含まれている」
「DUDS狩りですか?」
「よく知ってるね。それもある。ただ僕達にとってDUDSを狩るのはそんな難しいことじゃないんだ。確かに彼らは強い。だけどそれなりの対処法というものがあるからね」
蜂の巣駆除だってプロの人はいとも容易く行う。餅は餅屋ということだろう。
「僕らはチカラの偏りを直接直すことはできない。だからあくまで間接的に行う。DUDSとかがいるとどうしても直るまで遅くなってしまうからね。だからそれを狩ったりする。まあこれくらいなら君の思うように普通の人間だってできることだ」
今の人間は強い。進化した文明はあらゆる意味で武器になる。
銃などを持ってくればいくらDUDSが人間離れしていようと善戦できるんじゃないかと思う。
「さっき言ったね。DUDSが世界に呑まれないための条件」
「ホールに居続けるのと……」
「他の人間から奪ってくることだね。厄介なのはね、これを満たす奴らがいるんだよ」
「他の人間の体を奪って、尚且つホールに居続けるってことですか?」
「うん、まあ世界の侵食さえ受けなければDUDSは元々世界寄りの存在だからね。ホールの発生を予測することは彼らにとって容易いんだ」
「それを満たすとどうなるんですか?」
DUDSは強い。だけどそれは限定された中での話だ。セカイの侵食を受ける彼らは満足に力を振るえない。でもその枠がなかったら……。
「さっき君も言っただろ。限定のない彼らは無敵さ」
そういうわけなのである。
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