7.
会えたらいいなとは思っていた。
もとより、役者は3人。
腕でもやるなら別としてあの男に話は通じないだろう。つまり事情を聞くなら彼女しかいないのだ。
さて、彼女はまだ気づいていないようだ。
なんて話しかけるべきか。
歩きながら思案するが、何も思いつかない。
ええい。出たとこ勝負だ。
「やあ。こんにちは」
と、センスのない言葉しか掛けられなかった。
――だが、話しかけた途端空気が変わった。
彼女は俺に一瞥をくれるとすぐさま背を向け逃げ出したのだ。
「ちょっと、待てって!」
明らかに自分より年下の少女は思ったよりも足が速く、気を抜けば見失いそうだった。
足が速い?
違う。早いなんてもんじゃない。
あれは何か違う。違うんだ。
現に俺はこの短時間に8mほど離されている。
あんな小さな子に追いつけないなんて馬鹿な話があるか。
「ちっ、だから待てって!何もしない!話がしたいんだ!」
俺は視界から外れそうな背中に向かい叫び速度を上げる。
やばい。このままだと見失う。
ここで見失えば二度とチャンスは巡ってこない。
本当に真実を求めるなら、
本当に胸の傷に応えるなら、
ここであの子を逃がすわけにはいかない。
さらに速度を上げる。
だが、その時思いもしない事態が起こった。
目の前を走る少女は急に向きを変えたのだ。
……こっちに向かってくる?
そう思ったときには既に目の前に。
銃を構え上体は低く――
「あ―――」
ガンガンガンガンガンガンガン!!!
少女は俺の背後から迫る何かを打ち落とした。
慌てて俺は振り返る。
そこには鋭利な触手のような地面が転がっていた。
「ん?どういうことだ、同業。DUDSを庇ったように見えたんだが」
4人目の役者が現れた。
8.
その赤い長髪の男は皮肉気に口元を吊りあがらせ、こっちに向かってゆっくりと歩いてくる。
近づいてくるにつれ、やっと顔がはっきりと見えてきた。
思ったより若い。背が高く、端正な顔立ち。あの気味の悪い笑顔がなければいい友達になれただろう。
男は彼女を同業と言った。
同じ黒い外套を着ているところから察するにそれは本当なんだろう。
だがこっちはさっぱり訳が分からない。
「ん?誰かと思ったらシャルじゃないか」
あと5mというところで男は彼女の名前らしきものを口にした。
「こんなとこで会うなんて奇遇だね。運命ってやつかな」
と、さっきまでの怪訝そうな顔はどうしたのか、大げさに腕を広げ人好きのする笑顔を浮かべる。
「オレは休暇中でね。ここにはプライベートで来たんだよ」
「…………」
彼女は答えない。
男は特に気にした風もなく話を続ける。
「でもやっぱりずっと動かないと体が鈍るだろ?だからこうしてボランティアでDUDS狩りをしてたんだが……」
ダズ?聞きなれない単語。
そうして男は腕を組んで一つ溜息をつく。
「ちょっと確認しときたいんだが。君がそこの出来損ないを庇ったように見えたのはオレの気のせいかな?」
「…………」
少女の表情が曇る。
「あっ、そうか。君は試験中だったっけ?そりゃあ獲物を横取りされるのは気に食わないよな。それは悪いことをした」
と言いながら悪びれた様子もなく笑う男。
「どうしたんだい?狩らないのかい?」
男の声は次第に強さを帯びていく。
「悪いが―――」
初めて少女が口を開いた。
「貴方に指図される謂れはない。それに私は彼を狩る気もない」
まっすぐな声で彼女はそう言った。
「それは……どういうことかな?」
男の雰囲気が変わる。でっかい氷柱でも置いたみたいにひんやりとした空気が当たりを包む。
「そのままの意味だ。当然、貴方に狩らせるつもりもない」
夜風が木々を揺らす。
さやさやとその音だけがやけに大きく聞こえる。
「そうか。君は甘い甘いとは思っていたが、ついにDUDSにまで情けを掛けるようになったのか」
「……それは違う。彼は――」
「万年候補生のわけが分かったよ。話は後だ。オレはそいつを狩る。邪魔をするなよ、落ちこぼれ」
そう言って男は地面から槍のようなものを引き出す。
重力に逆らうように生えるソレを男の手がしっかり掴む。
「…………」
彼女は変わらず俺の前に立つ。
男は構わず俺に向かって疾走する!
ガァァァン!!
それを彼女の銃が阻んだ。
「“邪魔をするな”と聞こえなかったか?落ちこぼれ」
「“狩らせるつもりはない”と言った筈だ」
男は構わず進もうとするが、それを彼女が許さない。
無骨な槍が振るわれる。
男の無駄のない槍捌き。それは速さはあれど単純な筋を辿る。彼女に合わせるように線を描く。
彼女は腰のベルトから短剣を取り出し、男の槍を叩き落す。
だがあんな短剣では敵わない。
もとより長柄の武器、槍とは飛び道具以外では最強と呼べる。
槍に剣で向かう場合、そのリーチの長さから剣の動きを見てから攻撃に移れるためどうしても戦闘の主導権は槍が握るのだ。
一般的に懐に入れば槍は振るえないと思われがちだが、それは違う。
槍が使えない間合いでは剣だって満足に使えない。そこで使える剣はナイフのような短剣のみ。
しかしそんな短剣では槍をくぐって間合いを狭めることはできない。
故に、剣が槍に勝つには使い手の実力そのものに差がなければならない。
だが彼女にはその実力はなかった。
「この間合いは専門外か?」
彼女は答えない。
素人の俺でも分かる。彼女は戦いに向いてない。
その理由は分からないが、おそらく彼女は戦う者ではないだろう。
数合の打ち合い。
既に優劣は明らか。彼女じゃあの男には勝てない。
「…………くっ」
男の蹴りが彼女のみぞおちに吸い込まれるようにして入っていく。
彼女は膝を折る。
再び男は俺の方に向かって走り出す。
だが――
「どうしてそこまでそいつに肩入れする?」
彼女は膝を折りながらも俺を庇うようにして男を睨みつけた。
「貴方には話しても分かりません」
「いいのかい?君は戒律に反している。オレは君を罰することもできるんだよ」
「構いません。覚悟の上です」
「そうか……。これは思わぬ収穫と言うべきかな。粛清はDUDS狩りよりもポイントが高い。」
そこまで言うと男は槍をしまった。
「候補生シャルロット。古き戒律の縛りに措いてここに――」
キィィィン!
それを言わせることなく彼女の短刀が再び現れた男の槍とぶつかり合う。
「君じゃあ……オレには勝てないよ」
そうなのだ。彼女は戦闘そのものが下手だ。
銃を持っているのに何故わざわざアイツの間合いで戦う?
かといってインファイトに優れてるわけじゃない。むしろそれで勝てないのはついさっき証明されたはずだ。
そして目で追いきれぬほどの剣舞の中、彼女は一度だけ振り向き
「早くここから離れなさい!」
と口にした。
そうか俺を逃がす気なのか。
だけどダメだ。
足が動かない。
逃げられるものならとうに逃げてる。
こんな非常識な状況に投げ込まれて平気で動けるほど俺の神経は太くない。
情けないことに俺の足はそこにミシンで縫い付けられたかのように動かない。
逃げられては面倒だと思ったのか、男は彼女に合わせるのを止め、吹き飛ばす。そして―――。
その瞬間、
この辺り一帯のセカイが目の前にいる男に従った。
「は?」
無数の何かが彼女に襲いかかる!
おそらくそれが彼女があの間合いを要された理由。
それは荒れ狂う蛇のように襲い掛かる。
彼女は必死に転がりながら、それをかわす。
だがそれは意味がない。
地面から現れる無数の柱は無限に彼女を追い続ける。
目を疑った。
なんだあれは。地面がまるで意志を持ったかのように彼女に襲い掛かるのだ。
男は笑いながらそれを見ている。
「くっ………」
捕まる!
それはさながら石の蛇。
勢いを増したソレは彼女を10mほど弾き飛ばし、街路樹にたたきつけた。
「ぐっ―――」
「どうしたんだ?」
男は楽しむように言葉を続ける。
「まあ、お前のちんけな能力じゃオレには勝てないけどな」
自分で言ったことがおかしいのか男は愉快に哂う。
彼女は気を失ったように動かない。
男はとどめを刺そうと彼女に向かって歩き出す。
もう傍観者ではいられない。
「おい、アンタ!」
俺は舞台に上がった。
9.
「ほう。あのDUDSまだ口が聞けたのか。てっきり呑まれたものだと思ったが」
たいして感心した風もなく、俺には視線さえ向けない。
「アンタ、彼女の仲間じゃないのか?」
脚本の用意されていない俺にはこれぐらいしか思いつかなかった。
「仲間か。そうなんだが、お前を一緒に狩ろうという提案に乗ってくれないんだよ。ウチは裏切り者には厳しくてね。生かしとく義理も無くなった」
男の足は止まらない。
「じゃあ、もう一つ聞く」
「ははは。今日のオレは機嫌がいい。それくらい答えてやるぞ」
男は少しだけ足を止めた。
「なぜ俺を狙う?」
そう、それが一番気になっていたこと。彼女と男の争いの原因も俺だろう。俺に何があるっていうんだ。
「なぜ?おかしなことを聞くな。身に覚えがないわけでもないだろ。お前は何が足りない?」
「足りない?」
「今残ってるのはのは右腕と左腕だな。お前はどっちだ?」
何を言ってるんだこいつは?
「どっちとかなんだとかよく分からねぇよ!」
男にというより、自分を奮い立たせるように大声をだす。
「まだ日が浅いのか、とぼけているのか……。まあ右腕の野郎は一週間ほど前から追ってるが姿すら見せねぇ。お前は左腕だろうな」
「だから左足ってなんなんだ!」
そこまで聞くと男は呆れたとばかりに肩をすくめ、
「埒があかんな。それは後から調べるとしよう」
とつぶやいた後、再び彼女に向かって歩き出す。
「おい!待てよ!」
咄嗟に俺は走り出そうとする。
ソイツは俺の方を見ることなく言った。
「お前は死ね」
その瞬間俺の体はボールのように宙を飛んだ。
10.
さっきと同じだ。
この辺り一帯のセカイが男に従っている。
それは比喩じゃなくてきっとそうなんだろう。
足元からすごい勢いで現れた大木のような石柱は俺を吹き飛ばした。
地面を転がるようにして飛んでく俺はひどく滑稽なんだろう。
アイツは本当に楽しそうに哂っている。
もう体が動かない。
あの時と同じだ。
肋骨も何本か折れてる。そりゃそうだ。貫通しなかったのがおかしいくらいの勢いだった。
意識が朦朧とする。
胸の痛みが人事のように思えて、そっと意識が遠くなる。
男は俺へのとどめを後にして、まだ目を覚まさない彼女の方に向かう。
それは困る。
何が困るのかはっきりしないけど、やっぱりそれは間違ってる。
そう思ったのは九堂亮伍なのか「 」なのか。
それは今の俺には分からない。
ただ間違ってると感じたから。
それは違うと感じたから。
そう、この体はもとより空。
だから一番の思いに強くなれる。
だから立っていられる。
だから強がっていられる。
少年は裂帛の気合と共に男に向かって走り出す。
11.
「だから待ちやがれ!この変態野郎!」
「ふんっ!」
走り出した俺の前に石柱が並ぶ。
地面から生えるソレは主の意志一つで蛇へと変わる。
あれをかわせるのか?
彼女でさえかわせなかったそれを俺はかわせるのか?
並ぶ石柱は4つ。
だが――。
俺はアイツがそれを動かすより早く、横に飛ぶ。
「なにっ!?」
「え!?」
それには俺もアイツも驚いた。正に無意識の意識。
それはアイツにとっても俺にとってもかわせない筈だった不意打ち。
それを……俺はかわしたんだから。
そう、並ぶ石柱は4つではなかった。
たしかに俺の目の前にあるのは4つだったが、それはフェイク。
それとは別にアイツは俺の背後にも石柱を展開していたのだ。
本来なら目の前のそれに注意を奪われる。かわせないなら尚更だ。
だが、その必殺の奇襲を俺はかわした。
なぜだか分からない。
かわしたというより分かったんだろう。その先が。
「お前。なんだ今のは」
男にはさっきまでの余裕はない。威殺せるぐらいの憎悪を俺に向ける。
だが、俺は答えない。
俺にだってわからない。
ただ霧が―――。
アイツがセカイを従えた途端、この一帯は白い霧に包まれた。
地面から大木のように生える石柱は例外なくこの白い霧を帯びる。
そして石柱の現れる前には霧がそこに集まるのだ。
この霧の正体は分からない。
ただアイツの攻撃の意図がつかめるのはたしかだ。
アイツが何をしようが、この霧が教えてくれる。
むかつくにやけ面まであと10mというところでアイツは口を開いた。
「おい、DUDS」
「だからDUDSってなんなんだよ!」
叫びながらも距離を詰める!
「お前が何者かは知らん。さっきのもよくかわした。だが―――」
そう言って男は右腕を上げる。
霧が集まる。
「見苦しいんだよ!」
さっきとは比べ物にならない数の石柱が音を立てて現れる。
その数、十九本。
それは分かっていてもかわせない。
彼女ならともかく俺の身体能力じゃこれだけの数はかわせない。
かわせないんだが――。
俺は男に向かって走り続ける。
それを迎え撃つが如く、石の蛇が襲い掛かる。
「どうした!?血迷ったか、出来損ない!」
血迷った?
冗談。俺は本気だ。
たしかにあれは俺にはかわせない。
あれは決して揺るがない石の柱。それでいて石にあるまじき俊敏な動きをする。
それが十九本。かわせるはずがない。
ただ、それは動いてればの話だ。
霧のせいか、なんとなく感じたことがある。
アイツは地面が操れるわけじゃない。
たしかに結果はそうだがアイツがしているのはそうじゃない。
アイツは地面が動いた後を創造してセカイに叩きつけているんだ。
それがどういう仕組みか分からない。
でもそれなら俺にも勝ち目がある。
俺には地面は操れないが―――。
「なにっ!?」
あれだけあった石柱はほんの数秒アイツの管轄を離れた。
それだけあれば十分だ。
俺は奴に手が届くまで肉薄する!
「ちっ――!」
アイツは地面から槍を抜こうとする。
させない!
槍は途中まで現れたところで止まる。
「くそっ!なぜだ!」
奴がそれを引き抜こうとする間に俺の拳が奴を捕らえる!
「ふんっ」
それを事も無げに受け流す。
そうか。俺じゃアレが無いアイツにも勝てない。
「なんだ?ほんとにまだ人間なんだな」
俺の繰り出す拳をひょいひょいとかわしながら奴は言う。
「当たり前だ!化け物はてめえだろ!」
俺の力任せの拳は奴に掠りすらしない。
「だが解せんな。なぜ俺のチカラが止まる?」
男は考える素振りをしながらもその表情は余裕だ。
「くそっ……!当たるまでやってやらぁ!!」
しかし瞬間、支配権がアイツに戻った。
「ふん」
男は再びその槍を抜く。
だめだ。それを持たれたらそれこそ勝ち目がない。
「少々不思議だが、それは休暇中の研究課題にするよ」
そう言い放つと奴は槍を俺に定めて引き絞る。
殺られる!
だが、槍は動かない。
アイツは耳を澄ますように周りを窺う。
「この感じは……?右腕!!」
そう言うが早いか、俺には目もくれず背を向けて走り出した。
「あ………!」
声をかける間もなくアイツは夜に消えていった。
さっきまでの気合はどこへやら。俺はへなへなと地面にへたり込んだ。
安心したせいか、急にさっきやられたところが痛み始める。
「もう帰ってくるなよ……赤毛野郎」
アイツが消えていった方角に向かって吐き捨てる。
さあ。いつまでもここにはいられない。虎子は得た。早くここを出るべきだろう。
新しく増えた謎もある。
赤毛の男、そいつがしきりに口にしたDUDSという単語、そして俺を狙う理由。
だけどそんなことはどうでもよくて、今は少しでも早く眠りたかった。
さて、家に帰ろう。
つまるところ、今も自然に治っていくこの傷が俺の当面の研究課題だろう。
第一話 病雨/Rainy sound became the gunfire 完
>第二話
あとがき
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