第一話 病雨/Rainy sound became the gunfire





1.




昨日から降り続く雨は今日も飽きることなく降り続く。

雨は止まったように降り続く。




「はあ。また雨か…」

雨は好きじゃない。空は晴れが相場と決まってる。カラッカラの晴天。それが一番気分がいい。

雨の日はロクなことが起きない。

傘を差し昨日と同じように病院を後にする。

傘を叩く雨音が頭に響いて気持ち悪い。

この分だと今日一杯は雨だろう。



昨日から降り続く雨は今日も飽きることなく降り続く。

雨は止まったように降っている。

それは憑かれたように降り続く。








2.




医者の診断はあっさりしたものだった。

「至って健康ですね。むしろ退院時よりいいんじゃないでしょうか」


あれから俺は朝方散歩していた人に救急車を呼ばれ、病院に運ばれたらしい。

その時の俺は血まみれで、救急車を呼んだ人も死んでるんじゃないかと思ったほどだったとか。

でも不思議なのはここから。

救急車の中で応急処置がされたものの、病院に運ばれた俺はすぐさま手術室に運ばれた。

だけど医者もびっくり。

そこには傷と呼べるような傷は本当にちょびっとで掠り傷程度のものだったのである。

なんでも救急車では服が傷口に張り付いていたため、とりあえず止血しただけだったので分からなかったとか。

そしてそのままメスを入れることなく通常の病室へ移された。

懐かしい白い部屋。何も許さないこの部屋は綺麗な留置所というところだろうか。

そして目が覚めて、医者から簡単な報告を受けてるということである。


「でもたしかにですね。腕が俺の胸を貫通して…」

「いいですか?人間というのは以外に頑丈です。骨格もさることながら筋肉組織も強くできてます。たとえ相手が小学生でも素手で胸を貫くなんてありえません」

っと、この調子。

まあ「はい、そうですか」なんて言われたら困るけどさ。

正直、目が覚めて時間が経つごとにあれは夢なような気がしてきた。

あの少女も夢で奇怪な左腕の男も夢。

だが納得しきれない点がひとつ。


「でも、この傷は何なんですか?服も血だらけだったし…」

「それが分からないんですよね。救急隊員の話じゃ現場の血は致死量だ。まず生きてるはずがない」

「だったら何か原因が…」

「ふう」

と頭のキレそうな医者は息をつき

「残念だがここは病院だ。私は医者。それを探すのは私たちの仕事じゃない。お騒がせな軽傷一名、それでおしまいだ」

と、さも当たり前のことを言った。







3.




病院を出て、街を歩く。

もうすっかり足に馴染んだアスファルトは昨日と違って熱く焼ける。

歩きながら考えをまとめる。

「………」

まあ、簡単にまとまるはずはない。

頭はごちゃごちゃ。知恵の輪7つ分。

最近はちょっと色々なことが起きすぎた。今だって夢の中にいるんじゃないかって時々思う。

夢の中か。

やけにしっくり来るなと思って慌てて首を振る。

こんなことを考えてるようじゃ俺もまだまだ寝ぼけてる。

夢では痛くないと伝え聞く。だが少なくとも最近は痛い思い出しかない。

夢の中説はあっさり却下。つねった頬もまだ痛い。


そして向かうは昨日と同じ、湖東さんの事務所。

やはり夢の中のことは夢の住人に聞くのがいいだろう。

俺は事務所のドアを叩いた。







4.




「それは不思議だね」

湖東さんは興味津々だった。

「いや、実に不思議だ。こういうのは面白い」

湖東さんに昨日の出来事の一部始終を話してからずっとこの調子である。

「僕はね。そういう不思議な話は大好きでね。好奇心っていうのかな」

好奇心…。少しはあのつまらない医者に見習わせたい。


ふと気になったことを今更ながら聞いてみる。

「……湖東さんは疑わないんですか?」

テーブルの上にどんと置かれたアジの干物をつまみながら答えを伺う。

「ん?嘘なのかい?」

「そうじゃないんですけど。嘘みたいな話じゃないですか」

「むー」

と言いながら湖東さんも干物をつまむ。お茶請けに干物はどうかと思う。

「そうだなぁ。でも本当の方が面白いだろ」

はっはっは、と子供のような笑顔を浮かべて笑う。

「面白いって……」

「ははは。悪い悪い。でも疑ってたら話は進まないし、僕には君からの情報しかないんだ。それを信じなかったら相談にはのれないさ」

うーん、この人はこの人なりで考えてるのかもしれない。

「それで何か気づいたこととかありませんか?」

「ははは。君が気づかないのに僕が気づくわけないだろう」

うーん、やっぱり何も考えてないのかもしれない。

そんな俺の不満が顔に出たのか

「あはは、悪い悪い。ちょっとからかってみただけだ。そうだなぁ。君はこんな話を知ってるかい?」

やっと慣れてきた緑茶をすすりながら、湖東さんの話を視線で促す。

「一ヶ月ほど前からね。この街では奇妙なことが起こるんだよ」

「それって病気が治ったりとかいうやつですか」

「あー、君はそうだったんだっけ?悪い悪い忘れてたよ。ははは」

ずれた眼鏡を直しながら話を続ける。

「それだけじゃないんだなこれが。君はニュースは見るかい?」

うっ、そういえばあまり見てないかも…。テレビは俺の知らないことだらけでなんか嫌なのだ。

「それどころじゃないか。そうだな。簡単にまとめると、一ヶ月前からこの街では行方不明者が20人を超えている」

「それってすごいことなんですか?」

浮かんだ疑問が脳を経由せずに口に出る。

「すごいすごい。もうギネス級さ」

と大げさにアクションを入れる湖東さん。だんだんこの人が分かってきた気がする。

「行方不明なんてこんな街中でそうボコボコ起こるはずもないんだ。マスコミは神隠しだの、呪われた街だの騒いでるよ」

今は少し大人しくなったがね、と付け加える湖東さん。

「そ、そうなんですか……」

だが未だ話のつながりが見えてこない。俺が聞きたいのはそんな怪談話じゃない。それと昨日の話との関連性だ。

「それでそれがどんな関係があるんですか?」

ちょっと苛立ちを乗せて聞いてみた。

「まあまあ。そう焦らないで。干物でも食べて落ち着きなさい」

どうやら湖東さんは緑茶に干物で落ち着けというらしい。

日本の文化は俺が寝ている間にどんな変貌を遂げたのだろうか。

「もう一つは最近の話。連続殺人って呼ばれてるんだけどね」

「連続殺人?」

安い2時間ドラマのような単語。60点。

「うん。ちょっと猟奇的なやつだけど」

「通り魔みたいなやつですか?」

「うーん、ちょっと違うかなぁ。結論から言うと体の一部がない死体がゴロゴロ出てきてるんだ」

「体の一部がない?」

ますます話は奥様が喜びそうなものになっていく。

「うん。それも共通点がない。被害者は老若男女。右足がなかったり、左足がなかったり、手がなかったり…それは様々だそうだ」

普通なら同じパーツを集めるもんなんだけどねぇ、とお茶をすすりながらぼやく湖東さん。

「無くなった手とか足ってどうしたんでしょうか」

なんとなく聞いてしまった。

「そりゃあ犯人が持ち去るって相場が決まってる。ただ――」

「ただ?」

「それが千切られたような跡があるんだよなこれが」

「千切られた?それは足とかを?」

「そうみたいだね。それだけに警察も大変みたいだ。普通なら刃物の跡とかから凶器を類察するんだけどね」

刃幅、刃の形、凶器の形状、などなど切り口から分かることはとても多い。そこからナイフなどの販売店を当たって犯人を絞り込む。

まあ湖東さんから聞いたんだけどさ。

「足とかって千切れるものなんですか?」

「やってあげようか?」

「いいですよ!」


「まあ普通ならできないね」

と言って、湖東さんは笑いながら話を続ける。


「でも君の知り合いにはできる奴がいるそうじゃないか」



―――なるほど。そうつながるわけか。








5.




湖東さんに挨拶をして、自宅に帰る。

お土産にとさっき散々食べたアジの干物をもらい、そう遠くない家路を急ぐ。


左腕の男との関連性。

それはそう難しくないものだった。九九のドリルと同じくらい呆気ない。

アイツは俺の胸をたやすく貫くんだ。足をもぎるくらい造作もないだろう。

ただそいつがなぜ体の一部を集めるのかは分からない。

いや、たぶんそれはマトモな人間には分からないんだと思う。きっとあいつは狂ってるんだ。


そこまで考えて、はたと気づいた。


「ん?俺の体は残ってる?」

そうだ。あいつは殺人鬼だ。

そしてその褒賞として相手の体の一部を奪っていく。それがルール。

だがアイツに殺されかけたはずの俺は五体満足だ。

な、なんでだ?

再び謎が蘇る。

せっかく休めると思った俺の脳は再びフル回転する。

頑張れ名探偵。


あっ、そうか。

そうだ。あの場にはもう一人いた。

黒い外套の少女。

だとしたら、やっぱりあの子があいつを追っ払ったんだろうか。

そうだとすると話はうまくいく。

男は俺の体をどっか持ってこうとしたけれど、少女が邪魔をした。

それで男はどこかに行って、少女はどこかに行った。

そして残るは俺一人。

うん、綺麗にまとまった。


今はこれでいい。


たしかに残った謎は多い。

人を狩る殺人鬼。

それを狩る少女。

そして消えた傷。

そう、残った謎は多いのだ。

しかしこれらをつなげるには少々手札が寂しい。


困ったときは基本に返る。

事件解決の基本は簡単。

現場百遍。

現場には手がかりが多い。

故に解決の糸口はそこから見つかる。

テレビではいつも年配の捜査官がそれを使って上手くいく。


虎穴に入らずんば虎子を得ず。

昔の人はよく言ったものだ。

だが、あの虎に見つかっては次こそ命はないだろう。









6.




夕飯は軽く済ませる。

なんせ今日は何があるのか分からない。動けるようにしておくべきだ。

夜になるまであまり難しいことは考えず、音楽でも聴いてぼーっとする。

聴いたことのある音楽はなかった。

俺の持ってるCDはちょっと前のジェイポップばかりだった。今はクラシックが聴きたい。


まあ今更考えてどうにかなることじゃない。

後は知るだけ。

考えるのはそれからだ。



時計を探しながら部屋を一周。

やっと見つけた時計は午前一時を指していた。

午前1時。

昨日と同じ時間。

現場に行くなら今だろう。

同じ時間、同じ場所。手がかりがあるのならきっと――。



マンションを出る。

今日いっぱいは降り続くだろうと予想していた雨はいつの間にか止んでいた。

よかった。あんな雨じゃきっとよくないことが起きるだろう。

上着を羽織る。

たしか一枚じゃ寒かったんだっけ。俺はあの日よりも一枚上着を多く羽織り外に出た。

あの日?

それは昨日のことではないのかと自問する。

俺は無意識に昨日をあの日と形容した。

そもそもあの日とはいつだ?

俺には目が覚める前の記憶なんてない。ないんだけど―――。


そして交差点に出る。ここまでくればあの日の坂道がよく見える。

一度目は下り二度目は上った道。

そして未だに越えられない坂道。今日は越えられるだろうか。


坂道を上る。あの日の警鐘は今も鳴り響いている。

だが引き返すわけには行かない。

俺は昨日を知るために、今を知るために。この坂道は越えねばならない壁だ。

そう、過ぎたる坂は壁といえよう。越えられぬなら尚更だ。


坂道も中程まで来た。ズキズキと頭が痛み出す。そして先には霧がかかって見える。

霧?霧はこんな夜更けに出るものなのか。

気づけばこの一帯は真っ白だ。白い霧に覆われている。

変だ。そう思い、目をゴシゴシとこする。

すると霧は消えて無くなった。

「気のせいか……」

不思議と頭痛も霧のように消えていた。

白い霧は不思議だが、今はそれどころではない。

霧より虎のが恐ろしい。今はそっちを警戒するべきだろう。

警戒したところで俺にはどうしようもないのだが。


「ここか……」

現場がどうこう言ってきたが、あまりたいしたものはなかった。

血の跡が残ってるほかは申し訳程度の検証の後があるだけで目ぼしいものは何もなかった。

「まあドラマみたいにはいかないよな」

アクションを起こせば手がかりが見つかるようなものとは違う。空振りに終わることもあって当然。

帰るか。

もとよりダメ元で挑んだようなものだ。手がかりがないなら他の方法を探すまで。

「ん?」

そうして周りを見渡すと、そこには公園があった。

今まで気づかなかったが、こんな街中には珍しく大きそうな公園だ。

「少し寄っていくか」

公園によることに意味はない。

ただ無意識に俺は坂道を下るのを避けたのだろう。

この坂道は俺にとって鬼門。

無事に帰れた試しなんてないんだから。




公園は暗い。

電灯は木々の間に隠れその役割を十分に果たしていなかった。

人気のない公園はそれだけで暗い。


そんな場所を彼女は気に入ったのか、いつかと同じようにそこに立っていた。





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